世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
保護主義とポピュリズムが生まれる:2本の映画にみる,市場も政府も失敗
(国際貿易投資研究所 客員研究員)
2020.11.16
80年をまたぐ2本の映画
映画は製作された時代の空気を深く吸い込んでいて,観る者をタイムトリップに連れていってくれる。チャールズ・チャップリンの「モダン・タイムス」が1936年。一方,ケン・ローチ監督の「わたしは,ダニエル・ブレイク」(カンヌ国際映画祭パルムドール受賞)は2016年。この2本を続けて観ると,職をめぐる環境がいかに大きく変化してきたかが実感される。過去1世紀を振り返りつつ,それが保護主義やポピュリズムを生み出している現在地を確認してみたい。
機械化の意味するところ
職の在り方に最も大きな影響を及ぼしているのは,機械化だろう。「モダン・タイムス」には,機械の導入が人間を疎外してしまう様が滑稽に描かれている。
機械化は生産性向上の一手段と捉えることができ,従前よりも少数の労働投入で同じ生産量を産出することが可能となる。そこで余剰となった労働力は別の生産活動に振り向けられ,経済全体でより大きなアウトプットが実現する。
「モダン・タイムス」より少し前,1920年代の米国は,「狂騒の20年代」と呼ばれる好況に沸いた。フィッツジェラルドの名作,「華麗なるギャッツビー」の世界だ。
そうした好況を作り出した歯車の1つに,米国製造業における生産性向上があった。当時は,機械化,現場労働の細分化・単純化が徹底され,大量生産方式が急速に進んだ時期にあたる。「モダン・タイムス」で戯画化して描かれるベルトコンベアでの生産ラインのシーンは,この大量生産方式への批判ではあるが,半面,この方式をいち早く普及させたからこそ,米国は世界に冠たる工業国となり,大衆もまた豊かな生活を享受できるようになった。この時期,フォードは,自動車を大衆の手の届く価格帯にまで引き下げてT型車を普及させたし,このほか,ラジオ,電話,掃除機,洗濯機などが本格的に普及していく(注1)。
市場は失敗する
20年代は好況期であったがゆえに需要も大幅に増え,1920~29年で生産(製造業生産指数)は1.5倍になった。しかしこの間,機械化によって生産性が向上したため,製造業雇用者数は増えなかった。
そして,1929年にバブルが弾ける。大恐慌がやってくると製造業雇用は減少に転じ,1935年までで15%減少する。「モダン・タイムス」でも,主人公チャーリーは失職など,次々と不幸に見舞われることになる。だがチャーリーはへこたれずに頑張り,そしてその都度,挫かれる。
現代では当たり前となっている財政政策も失業対策も揃わない時代。労働市場をはじめ,各所で市場の失敗が放置されていた。ただし,映画で批判の前面に出ているのは,政府の無策ではなく,労働者の人間性を無視して機械化を進める貪欲な企業家である。チャップリンの「街の灯」などにもみられるが,映画の構図は「富裕層対庶民」にある。
黄金時代の大盤振る舞いは限界に
そこから時は流れ,先進諸国は社会保障の拡充期に入る。
第2次大戦後,圧倒的経済力を誇った米国は,1950~60年代に「黄金時代」とも言われる好況を経験する。戦前,ルーズベルト政権により進められた社会保障政策は,この黄金時代に,好調な経済を背景として大幅に拡充される。
ただし,良い時代は長くは続かない。そうした大盤振る舞いは,経済から活力を削ぐ一面もあった。さらには,ベトナム敗戦,インフレ,ドル危機,止めに2度のオイルショックが米国を襲う。70年代末には黄金時代を支えてきた仕組みは崩れ,それとともに社会保障制度も転機を迎える。
新たに登場したレーガン(米)・サッチャー(英)政権の新自由主義政策の下,社会保障給付は厳格化され絞られていく。他方,製造業の生産は盛り返すものの,雇用は減少トレンドに入る。米国の製造業雇用者数は1979年がピークで,2019年にはそこから3割減少する。特に2000年からの10年間の減少が激しい。機械化は進化をし続けており,国際分業の深化とあいまって,より少数の雇用者でより多くの生産が可能となっているのである。
製造業から流出した労働者はサービス業へと流れた。ただし,給与水準が低い外食,小売,介護職に,雇用が少なからず向かったことは,所得格差拡大の一因となった。さらには,転職が上手く出来なかった層もいて,無業者となった。古き良き黄金時代とは異なり,就業努力義務など社会保障を受けるハードルは上がり,しかも,政府の就業支援は必ずしも実を結ばない。ここに声なき不満層が形成されるのである。
政府も失敗する
「わたしは,ダニエル・ブレイク」は,英国における,そうした現代の受難を描いた作品である。構図は,給付が下りないというだけでなく,より複雑だ。
批判の対象は,「モダン・タイムス」では企業家だったが,ここでは国家である。主人公,ダニエル・ブレイクは腕のいい大工だがドクターストップで失職。国の社会保障制度のお粗末な運営のために翻弄され,苦しめられることになる。その制度とは,「働かざる者食うべからず」の方針に則った厳格かつ煩雑な給付審査だ。
国家予算が無限ではない以上,原則,求職活動を義務とするなどの給付制限は,リーズナブルな考え方ではある。しかし,制度とはまさに細部に神が宿るものであり,そして「ダニエル・ブレイク」では給付審査の細部の運営が極めて杜撰なことになっている。「政府の失敗」である。
しかも質の悪いことに,批判の矢面にたつのは,「モダン・タイムス」のような富裕な企業家ではなく,役所の受付という一般庶民だ。その結果,庶民同士が恨みを募らせあうことになる。これが,先進国が立ち竦む「現在地」だ。
そして保護主義とポピュリズムが生まれる
昨今のアンチ・グローバリゼーションの動きについても,この文脈で捉えることが重要だ。保護主義者は,製造業雇用減が輸入によるものであるとしているが,実際には機械化の影響の方が格段に大きい(注2)。ただし,「モダン・タイムス」の時代でもない現代において,機械化を正面から批判することは難しい。そこで非難は,より攻撃しやすい「外国」,つまりは貿易に集中する。さらには,以前考えられていたよりも輸入の影響は大きいといった論文も出て(注3),非難に拍車がかかる。また欧州では移民の急増から,外国からのモノだけではなくヒトへの排外感情も強まっている。
だが仮にそれらを締め出したところで,機械化が進み生産性が向上する限り,問題が解決することはない。むしろ今後AIなどの利活用が進めば,機械化による雇用減は,製造業だけでなくサービス業でも加速していくことが見込まれる。
本来なすべきは,原因が機械化であるにせよ,輸入であるにせよ,余剰労働力を吸収できる新産業の創出であり,新産業に労働力がシフトしやすくなるような就業支援のはずだ。しかし,「ダニエル・ブレイク」が描くように,繊細な運営を求められるこうした施策は往々にして「政府の失敗」を招き,国内に不信と分断を生み出すことになる。さらには,自分の仕事が機械や外国に「奪われていく」ことに,労働者はプライドとアイデンティティの喪失を感じるだろう。
市場も政府も失敗している中で,こうした庶民の不満を掬い上げる形で,保護主義とポピュリズムが生まれる。トランプ政権だけではなくバイデン民主党もまた,ポピュリズムに傾斜する勢力を多く抱えている。
ベーシックインカム?
事態は深刻だ。いっそ,人気の哲学者,マルクス・ガブリエルが語るように,機械化を止めて人間の手に労働を取り戻せばいいのか(注4)? しかしそれは,生産性向上のための最大の手段を放棄することにほかならず,今日より豊かな(経済的に全体のパイが拡大する)明日を求めないという決断でもある。
そうした厳しい現状認識があればこそ,実現へのハードルの高いベーシックインカムの議論が改めて提起され始めている。
[注]
- (1)鈴木直次(1995)「アメリカ産業社会の盛衰」(岩波新書)岩波書店
- (2)日本経済研究センター(2017)「中期予測の論点 反グローバル化の底流を読む 雇用揺らぎ穏健主義が後退 ―デジタル化への備えも急げ―」日本経済研究センター
- (3)たとえば,Autor, David H., David Dorn, and Gordon H. Hanson. 2016. "THE CHINA SHOCK: LEARNING FROM LABOR MARKET ADJUSTMENT TO LARGE CHANGES IN TRADE" Working Paper 21906, NATIONAL BUREAU OF ECONOMIC RESEARCHなど。
- (4)マルクス・ガブリエル(2020)「世界史の針が巻き戻るとき」(PHP新書)PHP研究所
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