世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1940
世界経済評論IMPACT No.1940

2020年米大統領選挙を総括する

鷲尾友春

(関西学院大学 フェロー)

2020.11.09

 今回の選挙は,投票日を過ぎても当選者が確定しない異常な事態となった。そんな状況下,筆者如きが暫定総括をするなど暴挙の極みだが,原稿締め切りの関係で仕方がないので,その点ご容赦ありたい。

 総括に際し,評価尺度として,次の6点を採用した。それらは,①何故,4年前と同じような事態が再現したのか,②トランプの政策実績はどう効いたか,③否定しようもない国内分断の影,④“Every Politics is Local”の要素,⑤提訴多発をどう理解するか,⑥民主・共和両党のIdentity Crises。

 先ず,①だが,当時の民主党クリントンは,直前の大方の世論調査で共和党トランプを凌駕していた。今回も,大半の調査では,全米ベースで,バイデンがトランプを,前回のクリントン以上に引き離していた。接戦州でも,バイデンが若干優勢と伝える調査が多かった。それにも関わらず,蓋を開けてみれば,トランプが予想以上に健闘した。だからこれ亦,前回同様,何故,トランプがそんなに…,と言う疑問が再び浮上する。

 その解答は,多くの隠れトランプ票があった,となるのだが,そんな票は始めから隠れていたのか,そこは大いに疑問のある処だろう。今回の世論調査は,前回の失敗に懲りて,多くの点で改善され,前回よりは,手法においても,結果の解釈においても,慎重さが組み込まれていた。それにもかかわらず…である。結局は,最終盤での,なりふり構わぬトランプの迫力が,世論調査の想定以上に,迷っていた有権者の心に響いたのだろう。

 ②に関してだが,この大統領は,前回選挙時の公約をぶれずに実行してきた。対中強硬姿勢,イスラエル寄りの中東政策,アメリカ・ファーストの実践等など。そして,この大統領は,遊説に際しても,“Forgotten People”と同じ土俵,同じ語彙で喋った。支持者たちにとって,喋った内容が正確かどうかなど,そんなことはどうでも良い。彼は仲間なのだ。そんな彼が困っているのなら,俺たちが助けなくて何とする。恐らくは,そんな気持ちがトランプ支持者たちを熱烈に突き動かしたのだ。加えて,トランプ経済政策,或いは,コロナ禍での政府の支援策の裨益を,黒人やヒスパニックも相対的に多く受け,彼らの一部も亦,想定される以上にトランプに投票した。

 そして,こうした“Forgotten People”の投票行動の背後には,③の社会分断がある。だが,大統領ともなると,米国民全ての代表であるべきだろう。ところがトランプは,大統領になってからも,自分を支持してくれた特定層に拘り続けた。何故か…。そこには彼の人生哲学と,そんな人生訓に縛られ続けた,彼の政治家としての限界があった。例えば,トランプ語録に曰く,「自分に良くしてくれた人には,自分も良くする」。こうした敵・味方を峻別する感覚が,トランプの精神構造の中に根深く組み込まれているように見えるのだ。

 今回選挙でも,④の“Every Politics is Local”の要素が大きく効いた。1980年代,共和党レーガン大統領と激しくやり合った,民主党オニール下院議長のこの有名な言葉,時を経て現在も尚,政治の世界で妥当し続けている。例えばフロリダ。この州にはキューバから命がけで逃げてきた有権者が多く,彼らは結局,トランプの対キューバ強硬姿勢を是とし,バイデンに浮気しなかった。次いでアリゾナ。この州では,共和党の故マケイン上院議員の対トランプ敵対が効いている。同未亡人は,議員の葬式に,トランプの参列を断っており,そんな有権者心理を深く理解するバイデンは,ことさら必要以上に,自分とマケインの友情関係を表面に出していた。或いはウイスコンシン。この州は黒人が白人警官に射殺された事件の地元。加えてペンシルバニア。この州はバイデンの生まれ故郷等など。

 続いて⑤の点だが,米国憲法は,選挙の後,「12月の第2水曜日の次の月曜日」に,大統領選挙人が実際に投票する旨を定めている。逆にいえば,それ迄に,今回の選挙結果が確定しなければ,憲法修正12条の発動となる。つまり,新たに各州1名ずつの代表が,選挙で選ばれた選挙代理人に代って,投票するのだ。こうなってくると,州毎に,民主・共和両党の勢力がどうなっているかが,決定的に重要とならざるを得ない。そして事実,現職のトランプが選挙の不正を言い立てて,集票停止の提訴を多用し始めた。

 日本のマスコミなどは,この事態を驚き,面白可笑しく書き立てる。だが,我々は事態を,むしろポジティブに見るべきではないのか。つまり,米国の憲法は,こんな事態をも見越して,行政と立法が機能しなくなった場合に備えて,司法にちゃんと出番を用意していたと…。だから,何らかの契機に,連邦最高裁判所が登場し,判決によって最終決着をつける用意が整っている。要するに,米国のシステムは健全だと理解した方が良いのだ。

 最後に⑥に関してだが,トランプが大統領になって2年後,中間選挙が開催された。あの折,共和党内のベテラン穏健派の議員の多くが引退を余技なくされた。結果,以降,同党はトランプ共和党に変質していた。つまり,トランプが負けると,その余波で,共和党は何を価値基準とし,どのような活動して行くかの指針を欠く,いわば混迷を経験するはずだ。

 同じような事態は,バイデン当選後の民主党にも生じるだろう。民主党は長年,党内では左派が主導権を持つが,その価値観をそのまま外に出すと,一般有権者からは受け入れられないという,ジレンマに苦しんできた。今回選挙に際し,トランプへの悪感情から,党内は同床異夢的な団結を保っていたが,いざトランプを破ったとなると,またぞろ,党内で左派が主導権を握ろうと動き始める。そうすると,民主党内の纏まりが,極めて悪くなるはずだ。

 そして何よりも,今回選挙で有権者は,事前想定とは異なって,下院で民主党の数を減らし,上院でも民主党にそれほどの躍進を実現させなかった。そんな状況故,両党共に,それぞれ内部団結を欠いたままでの,Identity Crisesに見舞われる可能性を否定できまい。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1940.html)

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