世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.555

トルコとエーゲ海を旅して思う,本当の格差とは?

馬越恵美子

(桜美林大学経済経営学系 教授)

2015.12.14

 今年の夏はトルコのイスタンブールに飛び,そこで乗船してエーゲ海クルーズを楽しんだ。トルコに近いギリシャの島々やトルコの島々を巡り,トルコ沿岸のイズミールに寄港し,近くにある古代遺跡で有名なエフェスも訪れた。風光明媚な島々もいいが,アジアとヨーロッパの接点であるトルコには,さらに心ひかれた。数年前までは評判が芳しくなかったトルコ航空もサービスが大幅に改善され,独自のホスピタリティに溢れていた。中でもフライングシェフといってシェフの格好をした人が食事のサービスしてくれるため,機内のトルコ料理が数倍,美味しく感じられた。

 イスタンブールで泊まったホテルは,ボスポラス海峡を見下ろす位置にあり,対岸はアジア,こちら側はヨーロッパである。昼間の車の大渋滞も,夕闇とともに赤と黄色の光の列となり,モスクのライトアップと呼応して,美しい宝石のように見える。街中には当然のことながら,至るところにモスクがあり,時間になるとコーランが聞こえてくる。何やら節回しが演歌に似ていて,不思議と違和感がない。トルコは想像していた以上に発展していて勢いがあり,EUへ加盟すれば,経済的にはEUにとっても有利になると思われる。しかし,人口が多いトルコの加盟をよしとしないドイツなどの思惑もわからないわけではない。また,トルコは地政学的に重要な位置にあるが,隣国にシリア,イラク,イラン,アルメニア,グルジアを抱えるため,EUがそこまで広がるとは現時点では考えにくい。

 白と青の家々が断崖にぎっしり建てられた,まるで絵葉書のように美しいギリシャのサントリーニ島を後にし,コス島に向かった日のことである。ギリシャのコス島は医学の父ヒポクラテスの生地で,世界最古と言われる治療院があることで有名だ。またその治療院は富める者も貧しい者もひとしく患者として受け入れたと聞く。船のデッキから,だんだんと近づくコス島を眺めていたとき,港に近い城壁の下に大勢の人がいるのが目に入った。観光客かと思ったが,どうも様子が違う。女性や子供もいるが,若い男性が多く,路上に座っている姿は尋常ではなかった。しばらくして,彼らが難民であることがわかった。おそらくシリアからの難民で,陸路でトルコを経由して,小船に乗りギリシャに行きついたのであろう。ここでEU域内に入り,さらにドイツなどの職の得られやすい国に向かうのだろう。

 我々がコス島についた日,難民の暴動があった。警官らが彼らを移動させようとしたところ,激しく抵抗したのである。おそらく,警官は保護しようとしていたのだが,彼らは強制退去と勘違いしたのだろう。緊迫した状況で言葉も違えば,コミュニケーションがうまく取れるはずもない。やっとの思いでたどりついたトルコ沿岸から小さな船に乗り込み,危険を冒してコス島に渡った彼らが,ここで捕まってしまっては元も子もないと思ったとしても無理はない。途中で船が沈んでしまい命を落とす人もいただろう。飲まず食わずの命がけの旅。さて,それに比べて,クルーズの乗客はまったく違う目的でそこに来ている。毎晩フレンチのフルコースにワインにシャンペン。客室にはバスタブもあり,プールサイドで寝そべって青い空を見上げる気ままな日々。その眼の前の海で,実際に命を落としている難民もいるのだ。何たる違いだろう。報道で耳にしたことはあるが,いざ,実際に難民の姿を目の当たりにすると,胸に迫るものがある。日本でも格差のことは問題になっているが,本当の格差とはこういうことを指すのではないだろうか。

 11月13日の金曜日にパリを襲った同時テロ。その実行犯には,シリアからの難民(あるいはそれを装っていた人)も含まれていたと聞く。エーゲ海に映し出される世界情勢の影。コバルトブルーの海が美しいだけに,より一層,震かんとした思いが胸に迫る。政情不安の国と安定した国の格差。好んでこの時代に,その国に生まれた訳ではないのに,その情勢に翻弄される人生。貧富の差のみならず,心に潜む疎外感から来る絶望感。それに対して,自然災害こそ多いが,安定した恵まれた国に暮らす我々には何ができるのであろうか。少なくとも,「地球規模の発想」を常に持ち,「他人事ではなく自分事」として受け止めることが最低限,求められているのではないだろうか。パリの友人たちの無事を祈りつつ,コス島で見た難民たちは果たして目的地につけたのであろうか,思いを馳せるこの頃である。

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