世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1835
世界経済評論IMPACT No.1835

ジオポリティックスからレジリエンスへ:次世代のエネルギー安全保障

蓮見 雄

(立教大学経済学部 教授)

2020.08.03

EU復興の核となるグリーン・ディール

 2020年7月21日,欧州理事会は,「次世代EU」という名の復興基金(7,500億ユーロ=約92兆円)」を含む2021~27年のEU予算(1.824兆ユーロ=約233兆円)で合意した。

 当初案では,返済不要の補助金(つまり加盟国間の財政移転)5,000億ユーロ,融資2,500億ユーロであったが,倹約4カ国(スウェーデン,デンマーク,オーストリア,オランダ)等の批判もあり,補助金3,900億ユーロ,融資3,600億ユーロに修正された。既に多くの報道やレポートが指摘しているように,財政を巡るEUの南北対立が露呈した。

 とはいえ,同プログラムの中核となる復興・レジリエンス基金(Recovery and Resilience Facility)の補助金分は当初案がほぼ維持され,融資枠も拡大されたことを看過すべきではない。当初案では補助金3,100億ユーロ,融資2,500億ユーロに対して,最終案ではそれぞれ3,125億ユーロ,3,600億ユーロである。特筆すべきは,資金調達の手段として,欧州委員会が債券を発行し直接市場から資金調達を行う,つまり債務共有化が,さしあたり同プログラムに限定されているとはいえ,実現したことである。これは,EUの連帯を示すばかりでなく,EUがソブリン債市場において潤沢な資金を確保しうることを意味している。

 2019年末に打ち出された新たな成長戦略「欧州グリーン・ディール」は,復興基金を提案したEU政策文書(COM/2020/456 final)において「復興を通じて,対をなすグリーンとデジタルにおける転換を推し進める」と記されているように,「次世代EU」プログラムの中心に据えられている。

EUエネルギーシステム統合戦略

 2020年7月8日に公表された政策文書「気候中立的経済の実現に向けて:EUエネルギーシステム統合戦略」(COM/2020/299 final)は,グリーン・ディールの一環である。そこには,エネルギー安全保障に対する認識の根本的な変化が現れている。

 EUレベルのエネルギー政策の必要性が強く意識されるようになったきっかけは,2006年,09年のウクライナとロシアのガスパイプライン紛争だった。それ故に,欧州のエネルギー安全保障は,しばしばジオポリティックス(地政学)の文脈において語られるようになり,2014年のウクライナ危機はそれを裏付けるものだと見られるようになった。

 しかし,こうした地政学的な要素をともなった紛争を契機としながらも,実際にEUが進めてきたのはエネルギー市場を統合し,気候変動対策とエネルギー政策を一体化し,低炭素経済を目指すことだった。例えば,2009年には「気候変動・エネルギー法令パッケージ」が提案され,2014年には輸入依存や気候変動に対するレジリエンス(強靱性)を高めようとする「エネルギー同盟」が打ち出され,2016年には「グリーン・エネルギー法令パッケージ」が公表されている。

 こうして再生可能エネルギーを主力電源化し,徐々に化石燃料への依存度を低下させていく展望が開かれた。結果として,賦存が不均質な化石燃料資源を保有していることの優位性は相対的に低下し,主な化石燃料供給国であるロシアに対するEUの交渉力は高まった。つまり,EUがエネルギー政策を気候変動対策と一体で進めてきたことが,地政学リスクの影響を低減し,エネルギー安全保障を高めてきたのである。

 しかし,風力や太陽光による発電は必ずしも必要なときに必要な量を安定的に確保できるとは限らない。このため,固体電池の実用化など蓄電技術にブレイクスルーが生じない限り,再エネの発展には自ずと限界があるとの言説が広がった。また,内燃機関に頼ってきた交通部門では,温室効果ガス排出量の削減は遅々として進まなかった。

 こうした問題を克服しうる仕組みとして,近年,盛んに論じられるようになったのがセクターカップリングである。これは,発電部門を建物の空調,交通,産業といった消費部門と結びつけ,再エネで作り出した余剰電力を熱やガスに転換して貯蔵・利用するインフラを整備しようとする考え方である。

 これらをEUの構想としてとりまとめ,それを実現するためのEUレベルの具体的な政策や立法措置とともに包括的に提案したものが,EUエネルギーシステム統合戦略である。同文書によれば,エネルギーシステム統合とは,「複数のエネルギーキャリア(注1),インフラ,消費部門にわたる「全体としての」エネルギーシステムの協調的な計画と運用」である。これには3つの柱がある。

  • (1)効率的な「循環型(circular)」システム。例えば,産業施設やデータセンターの廃熱の再利用,エネルギーインフラのシナジーを高めるためのエネルギーのトランス・ヨーロピアン・ネットワーク(TEN-E)の見直し,農業廃棄物を利用したバイオガス,バイオ燃料生産。
  • (2)産業,建物の空調,交通などエンドユーザーの「電化(direct electrification)」。例えば,再エネによる発電促進,ヒートポンプ・電気駆動車(EV)・電気炉等での再エネ電力利用促進,EV用充電施設整備,再エネ電力の系統への接続強化。
  • (3)重工業や交通など電化が難しい部門における,水素を含む低炭素燃料の利用促進。例えば,バイオ燃料・グリーン水素・合成燃料の利用,炭素の回収・貯蔵・利用の促進,再生可能・低炭素エネルギーの分類・認証システム。なお,エネルギー統合戦略と同時に水素戦略(COM/2020/301final)が公表されているのは,このエネルギーシステム統合の文脈において水素の役割が期待されているからであり,水素利用だけを取り出して論じても評価を誤ることになる。

 そして,公正な競争の促進,情報開示,スマートメーター等のデジタルエネルギーサービス,研究開発によって,エネルギーの市場とインフラを統合エネルギーシステムに適合させていかねばならない,とされている。

次世代のエネルギー安全保障-レジリエンス

 エネルギーシステム統合戦略は,次のように指摘している。「異なるエネルギーキャリアを結びつけ,分散型エネルギーシステムの下で,地域に根ざしたエネルギーを生産,あるいは自給し,賢く利用することを通じてシステムを統合していくことは,消費者の関与を高め,供給のレジリエンスと安定に貢献する」。「循環型モデルを推し進めながら,輸入した天然ガスや石油製品を地元で生産した再生可能な電力,ガス,液体燃料に置き換えていくことはできる。これは,何よりもまず輸入コストを削減し,外国からの化石燃料供給への依存を低減し,より強靱な(resilient)欧州経済を生み出すだろう」。このようにエネルギーシステム全体のレジリエンスを高めることこそが,次世代のエネルギー安全保障の要なのである。同文書が指摘しているように,「エネルギーインフラ投資の耐用年数は20~60年にも及ぶ」ことを考えれば,「今後5年から10年」に何をなし得るかが極めて重要になる。

日EU・SPAを媒介した日本への「外圧」

 長く化石燃料輸入に依存してきたという点において,EUと日本は共通している。EUは,エネルギーシステムを「全体として」変革する構想の具体化に乗り出し,化石燃料輸入依存から脱却する展望を切り開いている。一方,日本では,2020年4月に発送電分離が実施されたものの,地域独占は残り,全国的な系統運用はまだこれからの課題である。

 しかし,EUのエネルギーシステム統合戦略は,間接的に日本のエネルギーシステム改革を促す役割を果たすものと期待される。なぜなら,2019年に,日EU・EPA(経済連携協定)とともに,日EU・SPA(戦略的パートナーシップ協定)という法的拘束力のある協力枠組が成立しており,エネルギー安全保障と気候変動対策はその主要協力課題の一つとなっているからである。日本は,図らずもEUからエネルギーシステム改革の進捗状況を問われるという「外圧」を受ける立場に置かれている。

[注]
  • (1)一次エネルギーを変換して作り出された,石油,天然ガス,石炭,木材,蓄電池,揚水,蓄熱,水素など,後に他の形態に変換して利用できるエネルギーを含む物質の貯蔵・輸送。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1835.html)

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