世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
コロナ禍に活きる国民の教養力と生活安心感
(高崎経済大学 名誉教授・(公社)日本地理学会 前会長)
2020.08.03
相対的に少ない日本の感染者・死者数
新型コロナウイルスが世界的に猛威を振るっている。日本では第1波に対する政府の緊急事態宣言が5月25日に解除されたものの,7月末現在,東京を中心に全国的に感染者が再び増加しつつある。そのため,コロナ禍関連ニュースが連日トップで報じられ,医療のみならず社会経済全般に大きなダメージをもたらしている。政府が公表する全国累計感染者は7月28日現在3万1596人,累計死者数は1001人である。深刻な数であるが,アメリカの累計感染者429万4770人,累計死者数14万8056人に比べると圧倒的に少ない。第2波の爆発的増加などの懸念はあるが,これまでのところ日本の感染者数は欧米諸国と比べて相対的に少ない。
政府の感染対策が諸外国に比べて良いとは言えず,むしろ批判が多い。PCR検査数が少ないため陽性者把握も少なくなるであろうが,重症者数・累計死者数が相対的に少ないことは確かのようである。要因にマスク着用習慣,BCGの予防接種効果や遺伝子関連など諸説が流布されるが,様々な要因の複合結果であろう。
自己管理を可能とする国民の教養力と生活安心感
私は国内外の教育・社会経済環境を地理学的視点から見て,格差の少ない経済社会構造によってもたらされた国民の教養力と生活安心感も大きいと推測する。
強力な法的拘束力・罰則のない緊急事態宣言や政府の対応は発令当初は諸外国から生温いと批判続出であった。しかし,ほとんどの国民が感染情報を把握し,自発的に政府の方針に従い,マスクの着用・手洗いを励行し,3密を避けるなど自己防衛している。その結果,鉄道など公共交通利用者が緊急事態宣言発令中は激減するなど,都市封鎖(ロックダウン)などの強硬手段なしでそれに近い効果が見られた。他方で,献身的使命感を持った人々の活動が継続され,医療をはじめ生産,物流,情報,ライフラインなどに大きな支障なく生活できている。
かつてアメリカ生活の際,ひどい歯痛でも未保険で高額医療が払えないため我慢する人々を目にするなど,アメリカ社会の貧富の差・教育格差の大きさに驚いた。そしてそれによる国民の分断や様々な社会病理・都市病理現象を地理学の視点で研究し,安心して生活できる経済力と自己実現・自己管理できる教養力に基づく格差のない社会の重要性を学んだ。また国民皆保険など社会保障制度の充実が,国民にゆとりと安心感をもたらし,性善説にたった自律的行動で社会をあるべき方向に導く原動力であることを認識した。
コロナ禍で懸念される教養力低下と貧富の格差拡大
世界的に見て貧富の差・教育格差が小さく,国民皆保険制度のある日本ではコロナ禍に,国民が自ら身を守るべく自律的な行動を行い,相対的に感染者数を押さえていると考えられる。感染者・死亡者の少ないこれまでの状態は「ジャパン・ミラクル」との賞賛もあるが,政府の危機対応力低下と国民の教養力低下・経済格差拡大が懸念される。バブル崩壊後約30年の間に日本でも貧富差・教育格差が拡大し,社会保障制度も危機に直面する。コロナ禍の危機管理下にある大相撲本場所中に関取が接待を伴う飲食をするなど,自己管理できない人が若年層を中心に増加している。また,コロナ禍が結果として貧富を拡大させ,IT技術を活用した遠隔教育の可否による教育格差や国民の教養力低下をもたらす。
教養力向上には国民教育の充実が不可欠で,経済格差縮小への原動力でもある。しかし,教育・研究環境は先進諸国に比べ弱体化している。コロナ禍に旅行に行けるのは時間と経済力のある人である。政府はそうした人に「Go Toキャンペーン」で1.7兆円費やすのに,初等中等高等教育の予算は十分でない。全国の大学研究者などが獲得競争する科学研究費は0.27兆円(2020年度)と「Go Toキャンペーン」の1/6にすぎない。私の住む群馬県の2020年度一般会計予算の13倍強もの予備費を持つ政府は,コロナ禍に活きる国民の教養力と安心感の向上,国力増強を図るために予備費10兆円の使途にもっと知恵を出すべきである。現行の社会保障制度は先人の努力で創設された世界に冠たるものである。若い人たちも自分達の将来を切り開くために,時代に対応した制度改革に努力し,新たな感染予防に備える必要がある。
以上は国レベルで考えた場合のことで,どんなに注意し努力していても個人レベルでは感染することはある。コロナ患者の治療に努める医療従事者や家族への中傷・差別が報じられるが,こうした社会現象も教養力低下によると言えよう。教養力を高め,日々の生活の安心安全を確保する社会づくりに国民一人一人が努力する必要がある。同時に政府はグランドビジョンを示し,地域に応じた強力なコロナ対策を実施し,格差拡大是正に努めるべきである。
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