世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1833
世界経済評論IMPACT No.1833

コロナ後の通商秩序はどうなるか:先鋭化する米中対立

馬田啓一

(杏林大学 名誉教授)

2020.08.03

 米中関係の悪化に歯止めがかからない。米中相互の総領事館が閉鎖されるなど,米中対立が一段と深刻な事態になっている。コロナ禍で疲弊する世界経済への影響が懸念される中,米中デカップリング(米国の中国排除,分断)による「とばっちりの構図」がもはや絵空事ではなくなってきた。

コロナ禍で浮き彫りとなった対中輸入依存リスク

 米中貿易戦争は年明けに「第一段階の合意」によって一時休戦したが,新型コロナウイルスの感染拡大が新たな火種を生んでいる。トランプ大統領は,米国のコロナ対策の失敗を覆い隠すため,新型コロナ感染拡大の責任は中国にあり,中国による情報の隠蔽が世界的なコロナ対策の遅れによるパンデミック(感染症の大流行)を招いたと批判し,制裁措置の発動も辞さない構えだ。その背景には,米国民の対中感情が悪化し,トランプ氏にとって,対中強硬策が大統領選挙を有利に進めるための手段になっていることがある。

 中国は,医療用品,医薬品,医薬品原料などの医療物資の世界最大の輸出国である。新型コロナ感染拡大で最も深刻な影響を及ぼしたのが,人工呼吸器や医療用マスクなどの医療用品の不足である。米国は輸入する医療用品の多くを中国からの輸入に依存している。

 トランプ政権では,新型コロナ感染拡大を受け,医療物資のサプライチェーンを見直し,生産のリショアリング(国内回帰)を促す政策の検討に入った。中国からの輸入に過度に頼るリスクが浮き彫りとなったからだ。

 一方,いち早くコロナ封じ込めに成功した中国は,感染発生のイメージ悪化を払拭すべく,「マスク外交」と呼ばれる医療物資などの支援を通じて,内向きの保護主義傾向が強まる米国との違いを誇示し,中国支持を広げ影響力を拡大しようとしている。中国外務省によれば,5月末時点で中国のコロナ関連の支援を受けた国が150カ国に達した。だが,中国に対しては,「医療品などの輸出を外交手段の一つとして使い,各国に圧力をかけている」との批判も多い。

 医療物資の提供など,「マスク外交」を強める中国に,ASEANなども警戒感を緩めていない。今年4月,新型コロナ対応に議題を絞ったASEAN特別首脳会議がテレビによって開催された。医療物資の融通,後発国への支援体制などが打ち出されるなど,過度の対中輸入依存のリスクを回避する動きが活発となっている。

先鋭化する米中対立,新たな段階へ

 米国内では中国の強権主義への警戒感が高まっている。中国による香港国家安全維持法の施行(今年6月末)は香港の自治を認めた「一国二制度」に関する約束を破るものだとして,米議会において香港に絡む制裁法が採択された。最近,中国の攻撃的な外交は「戦狼外交」と呼ばれ,中国の「核心的利益」に関わるものとして,香港のほかにも台湾,南シナ海,インドなど各地で摩擦や紛争を起こしている。

 こうした中,トランプ政権は今年7月,米テキサス州ヒューストンにある中国総領事館を閉鎖させた。中国のスパイ活動の拠点というのが理由だ。中国も対抗措置として四川省成都の米総領事館の閉鎖を打ち出した。米中の関係悪化に拍車がかかるのは避けられそうもない。

 とくに注目したいのが,中国共産党体制を標的にしたポンぺオ米国務長官の演説(7月,カリフォルニア州)である。中国が共産主義による覇権への野望を抱いていると警戒感を示した。中国を国際社会に組み入れようとした米政権の関与政策は失敗だったとし,その政策転換を訴えた。自由と民主主義の価値観を共有する世界が結束して中国包囲網を構築し,中国を抑え込む必要性を強調した。

 中国は,南シナ海の岩礁を埋め立てて軍事拠点化を進めている。ポンぺオ氏は従来よりも一歩踏み込んだ形で,南シナ海の海洋権益に関する中国の立場を「完全に不法だ」と否定した。だが,ルールや人権を無視する中国の行動を米国が止めようとすればするほど,両国の緊張が高まり,不測の事態も起きかねない。米国の強硬措置もやり過ぎると,日本や欧州の支持を失うことになる。

米中デカップリングに翻弄される日本企業

 コロナ後に日本企業が最も警戒しなければならないのが,米中デカップリングによる影響である。最先端技術の中国への流出を防ぐため,トランプ政権による対米投資規制と輸出管理の強化によって,デカップリングが進む可能性が高い。日本企業は米中新冷戦の構図から逃げられないだろう。

 例えば,対米投資規制の強化によって,中国資本が導入されている日本企業に対しては,最先端技術が中国に流れる懸念があるとして,米国企業への投資について厳しい審査が行われる。さらにもっと深刻な問題として,米国の最先端技術を使って生産を行っている日本企業は,今後米国による厳格な輸出管理により,米国の内外を問わず,対中輸出(現地法人向けを含む)や対中技術移転(中国への事業売却を含む)が極めて困難になる。

 グローバル・サプライチェーンを通じて経済的な相互依存関係が密接になる中,米国の最先端技術を守るため,デカップリングの対象がどこまで拡大するのかが不透明である。トランプ政権は今年8月,華為技術(ファーウェイ)など中国企業5社の製品を使う企業が米政府と取引することを禁じる法律を新たに施行する。対象の日本企業は800社を超え,該当する中国製品の排除が必要となる。今後,日本企業が米中デカップリングに翻弄されるという「とばっちりの構図」を過小評価するのはあまりにも危険である。

グローバル化は終焉を迎えるのか

 自由貿易への逆風はまだしばらく続くだろう。米中対立もコロナ禍も収束する気配はない。だが,グローバル化が終焉を迎えていると考えるのはいささか早計ではないか。国際生産ネットワークの拡大で深化した米中を含むアジアの相互依存関係は,そう簡単には壊せない。

 コロナ後の通商秩序はどう変わるのだろうか。経済効率を重視するグローバル化への風当たりは強くなっている。今回,コロナ禍の影響でグローバル化への政府による規制が行われ,コストだけではなく国家安全保障や経済安全保障にも配慮した「一皮むけた」グローバル化へと修正されつつあると見るべきだろう。

 米中は安全保障で対立しても,経済ではどこかで折り合うしか解決の道はない。デカップリングは全面的なものとはならず,ハイテク分野を中心に,管理された,部分的なものに限定されるだろう。また,パンデミックによる混乱を受け,生産を特定の国に集中させることのリスクが認識された。生産の国内回帰を促す動きも見られるが,コストの面で限界がある。むしろ必要なのは,グローバル・サプライチェーンの多元化と強靭化を図ることだろう。

 先鋭化する米中対立にどう歯止めをかけるのか,最も悩ましい問題だ。ルールにもとづく多国間の枠組みに米中両国を取り込むことが必要であろう。米国のTPP復帰や中国が参加するRCEP交渉の早期妥結が望まれる。機能不全に陥っているWTOに代わって,保護主義と反グローバル化に対する防波堤として,多数国による経済統合の重要性が一段と増している。新たな通商秩序を主導する日本の覚悟が試されている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1833.html)

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