世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
大国間競争としての米中対立
(亜細亜大学アジア研究所 特別研究員)
2020.08.03
米中対立の激化の中で発表された米国の対中戦略的アプローチ(2020年5月)では,米中は長期の戦略的な大国間競争関係にあるとの認識に基づき「関与アプローチ」に代わる「競争アプローチ」が提示された。
「大国間競争」という認識が初めて示された米国の戦略文書は,2017年の国家安全保障戦略(NSS)である。NSSは,忘れられていた大国間競争は復活したと断言し,中国とロシアが米国の力,影響,国益に挑戦し,米国の安全保障と繁栄を弱体化しようとしていると述べている。米国は世界中で政治,経済,軍事の激化する競争に直面しており,守るべき米国の4つの国益として,①米国の国民,国土と生活様式を守る,②米国の繁栄の推進,③力を通じての平和の維持,④米国の影響力の向上をあげている。
NSSは,冷戦での自由な国々の勝利により米国は唯一の超大国となったが,成功により自己満足を生み出したと分析し,政治経済軍事面に優位性を当然と考えている間に中国とロシアは米国に挑戦するための長期計画を実行したと指摘している。冷戦後の米国一極時代から大国間競争へのシフトは2007年から2014年に起きた。シフトを象徴する出来事は多いが,欧米の深刻な不況を招いた世界金融危機(2008年),中国の海洋進出の活発化(2009年以降),ロシアによるクリミア併合(2014年)が重要である。中国は世界金融危機後による欧米諸国の混乱をみて自国の経済システムが欧米よりも優れているという自信を持ったといわれる。
米ソ冷戦との違いと競争・関与アプローチ
大国間競争は新冷戦ともいわれる。米ソの東西冷戦と共通しているのは,①軍事力での競争,②政治経済システムおよびシステムを支えるイデオロギーの競争,③科学(とくに軍事)技術力の競争である。一方,大きな相違は貿易摩擦と経済戦争の存在だ。米ソ間ではスプートニクショックに象徴されるような科学技術(とくに軍事技術)面の競争はあったが,貿易摩擦や投資摩擦はなかった。米中は相互の貿易と投資が拡大し,経済面で相互依存関係にあるためである。米中の大国間競争は経済的な相互依存と企業の生産ネットワークの中での競争である点が極めて重要な相違点である。
米中対立は新興国が覇権国に取って代わろうとするとき大きな構造的ストレスが生じるという「トゥキディデスの罠」で説明されることが多い。米ソは軍事的に相互確証破壊(MAD)の状況にあったが,米中間も同様であるとトゥキディデスの罠の提唱者であるグレアム・アリソン教授は論じている(注1)。相互確証破壊とは,先制核攻撃で敵の核をすべては破壊できず核の報復を招き壊滅的被害を招くことである。同教授は米中間には経済的相互確証破壊(MAED)が生まれていると指摘している。米中経済戦争は双方に大打撃をもたらすのである。一方で,アリソン教授は米国が中国と経済戦争をするつもりがないと中国は国内メーカーに補助金を交付し,国内市場を保護し,知的財産の窃盗を止めないと指摘している。中国の略奪的経済慣行などを止めさせるともにMAEDに至ることを防ぐためには,競争アプローチとともにペンス副大統領が2019年の演説で述べた中国への建設的な関与の2つのアプローチが不可欠である。
米中の大国間競争の舞台はインド太平洋地域である。日本の自由で開かれたインド太平洋戦略の展開にも米国の大国間競争認識と競争アプローチの意義は重要である。
*大国間競争と米中対立の詳細な論考については,石川幸一「大国間競争の復活」(世界経済評論インパクトプラス No.17)を参照ください。
[注]
- (1)グレアム・アリソン,藤原朝子訳(2020)『米中戦争前夜』ダイヤモンド社,第9章。
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