世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1828
世界経済評論IMPACT No.1828

MMTの亡霊が暴れはじめた

三輪晴治

(エアノス・ジャパン 代表取締役)

2020.08.03

コロナ禍経済対策

 2020年3月中国の武漢から発生したコロナ・パンデミックが世界中を駆け巡り,多くの国々の都市がロックダウンし,世界の経済活動の停止が始まった。ビジネス活動は一瞬にして止まり,売上は蒸発し,世界の経済は急激に縮小してきた。3年ぐらい前から世界経済は停滞してきており,恐慌に突入すると言われてきたが,米中戦争とこのコロナ禍が世界経済の崩壊に拍車をかけることになった。

 このコロナ禍で,アメリカのトランプは直ちに経済対策を打ち出した。3月28日,2兆ドル(200兆円)の「緊急経済援助」を発令して,膨大な金を国民,企業に注入し始めた。更に4月20日にトランプは4500億ドル(45兆円)の追加策を発表した。慎重なFRBのパウエルも財布のひもを解き始めた。パウエルは,黒田日銀総裁の言葉を拝借して,「できることは何でもやる」と言っている。トランプはまた,第4弾として雇用支援のために7月以降210兆円の追加財政出動をするという。ジョー・バイデンもトランプ大統領の政策を真似て,「大統領になったら,アメリカ製造業強化に75兆円投入し,500万人の雇用創出をする」そして「気候変動問題に対処するためなどのインフラに4年間で220兆円を投資する」などと言っている。

 韓国の文在寅大統領も,「韓国版ニューディール」として「デジタル化投資や雇用対策に10兆円を投入する」と言っている。

 トランプが膨大は経済政策に踏み切ったので,日本でも,国会議員が5月に選挙区に帰り,地方の経済の深刻さに圧倒されて,雰囲気が変わった。これまで「教育勅語」のように,「緊縮財政」,「プライマリーバランスの黒字化」を唱えてきた「財務省」が赤字国債発行を認め始めた。安倍政府は新型ウイルス対策として一次補正予算25.7兆円を編成し,さらに家賃補助などの2次補正で総額31.9兆円を決めた。日銀の黒田総裁も「国債購入の上限を撤廃する」と宣言した。今や日銀資産は604兆円に膨張している。

 2020年2月,ロシアのプーチンも財政出動の拡大に乗り出し,経済成長を目指して44兆円の国家事業を進めるようだ。

 これまでEU本部が抑えていたEU諸国の財政出動の手綱を緩め始めてきた。ドイツのメルケルとフランスのマクロンが4400憶ユーロ(54兆円)の「コロナ対策基金」を創設しようと話し合っている。7月21日,EUの首脳会議で「復興基金」として補助金と融資で合わせて7500憶ユーロ(92兆円)を用意すること決めた。6月3日メルケルは消費税の減税とコロナ対策として16兆円規模の国債発行をすることを決めた。フランスもイギリスも,それぞれ27.4兆円,37.0兆円規模の経済対策を講じている。欧州中央銀行のラガルド総裁も「権限の範囲で必要ならあらゆることをやる」と言っている。

 今度のコロナ恐慌による大不況は1929年の大恐慌の時よりも厳しいものになりそうで,こうした赤字国債による経済対策はこれから更に出てくる。この動きが展開されると,これまで見たこともない途方もない金が世界に溢れることになる。アメリカでは,このような膨大なお金を「マジックマネー」と呼んでいる。「巨大な打出の小槌」である。

マジックマネーを支えるMMT論のリスク

 2019年7月16日にニューヨーク州立大のステファニー・ケルトン教授が来日して彼女のMMT論(現代貨幣理論)が披露されてから,日本でその考えが急速に広まってきた。「為替が変動相場制をとる国で,その国の自国通貨建てでの国債は,いくら発行しても財政破綻になることはない」「国の債務は国民の資産である」「ただし供給能力つまりインフレ率という国債発行の上限はある」。国家をバックにした銀行は,集めた預金をベースにして金を貸すのではない。金を借りたいというもの出たら,その人の信用をベースに,その人の銀行口座に金額を記入する。こうしてその人はその金で事業を始めることができる。国の力としての「信用創造」である。従って金を貸し出すのに限界はない。国家は,企業や家計とは違う力を持っている。日本の財務省や,政治家がこれまで取りつかれてきた「プライマリーバランス」の考えを捨てなければならない。

 このケルトン先生の話とトランプの大胆な経済政策を見て,日本は,「皆で渡れば怖くない」で,今やどんどん「赤字国債」の発行を決めている。そして日本でもあちこちで「50年債」,「100年債」が口の端に上っている。ひよっとしたら「永久国債」が出てくるかもしれない。しかし,こうした中でも日本の財務省は,心の底では,「赤字国債を発行するのは罪悪である」と思っているようだ。東日本の災害にたいして「復興特別所得税」設けたように,頭の固い財務省は,今度は「コロナ復興税」を国民から徴収することを考えているのではないか。

 しかしMMT論者は,「自国通貨である限り,インフレになる直前までどんどん赤字国債を発行しても良い。インフレになれば金利を上げ,税金を徴収すれば何も問題にはならない」と言うが,そんな単純な話ではない。人間の強欲によって動く「インフレ」と「金利」は大変怖い獰猛な怪物であり,人間はこれまで痛い目に合っている。マジックマネーはいつ暴れだすか分からない。これをコントロールしなければならない。

 現在,赤字国債をどんどん発行できるのは,世界的にデフレの状態にあるからである。政府は歳出を増やし,これによる財政赤字を国債を発行することにより埋め合わせている。この国債を中央銀行が量的緩和の一環として市場から購入する。こうした中央銀行による購入のお陰で,政府が払うべき国債金利は抑え込まれる。更に中央銀行はその利益を財務省の国庫に戻すために,実際の金利はさらに低くなる。しかしこれは世界的に需要が供給を下回って,デフレであるために何とか旨く行っているのである。今日本は更なるデフレに突入しようとしている。

 世界銀行によると,「国債は海外民間投資家の保有比率が20%を越えると価格が急落(金利は急上昇)する懸念が高まる」と言う。日本は,現在海外民間投資家の保有比率が約9%であるので,まだ大丈夫ということになる。しかしそれでも石油価格等の変動や,需要と供給のバランスが崩れたり,地域戦争などが起こると,この錬金術は破綻する。金利,インフレをコントロールすることが重要になる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1828.html)

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