世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1827
世界経済評論IMPACT No.1827

ヒューストン領事館閉鎖と米中戦争

吉川圭一

(Global Issues Institute CEO)

2020.08.03

 7月23日,米国は中国に対し,ヒューストンの領事館の閉鎖を命じた。それに関しては米国のリベラル派メディアは,やはりトランプ氏の選挙対策といったような,悪意ある印象操作的な記事が,多かったように思われる。だがトランプ政権の真意は,アメリカの技術に対する中国のスパイ活動の拠点に,ヒューストン領事館がなっていたので,それを防止するということが,本来の目的だった。

 この領事館閉鎖の前後にFBI等が中国の技術スパイの摘発に乗り出している。それ以前から米国は中国がコロナウイルスのワクチンに関する技術情報を盗もうとしているという疑念に駆られていた。というか中国発のコロナによる損害に激怒して来た。それへの制裁が今後あるかも知れない。

 また米国は香港の国家安全保障法に対抗して,それに関係する中国の高官や彼らと取引する銀行等に対し制裁も発動した。そんなことが出来るのであれば,香港で運用している800億ドル以上の米国の金融資産を,引き揚げてしまうことも,不可能ではないのではないか?

 香港ドルは,アメリカのドルとのペッグ制である。人民元は米ドルだけではなく,その他の通貨によるバスケットとのペッグ制である。そのため香港ドルの方が相対的に安定しており,香港は中国大陸への外貨のゲートウエイになっている。

 その香港ドルが米ドルの引き上げのために崩壊すれば,人民元崩壊の端緒にもなり得る。だが,そんなことをすれば,アメリカとドルの信用も落ちかねない。そこで米国も躊躇しているのではないか?

 因みに800億ドルというのは,リーマン危機で米国の金融機関が失った金融資産と,ほぼ同額である。リーマン危機の時,北京は当時の同国のGDPの約13%に相当する5,860億ドルの景気刺激策を発表し,そして中国経済は,2008年に9.7%,2009年に9.4%成長した。だが今年はコロナ禍で,せいぜい1%成長である。それも本当かどうかわからないと思う。

 中国は今年の第2四半期のGDP成長率が3.2%と昨年並みに戻ったと豪語しているが,その割には平均市民の実質可処分所得が前年同期に比べて1.3%減少し,20歳から24歳までの大卒者の失業率は,6月に約20%という過去最高を記録した。

 また2000年代の米国の不動産ブームのピーク時には,年間約9,000億ドルが住宅用不動産に投資された。6月までの1年間に,約1.4兆ドルが中国の住宅に投資された。2019年の中国の住宅と開発者の在庫の合計額は52兆ドル。米国住宅市場の2倍,米国の債券市場全体をも上回った。

 しかし空室率は2割を超え,そのため利回りは2%と中国国債より低下している。

 つまり中国経済はバブル状態で,いつ破綻するかわからない。それは中国経済=人民元が,ドルに依存していることを考えると,アメリカの金融システムの影響を,大きく受けると考えざるを得ない。そして米国経済もコロナ禍の強い影響を受けている。

 日本で言う民事更生法の対象になりかねないような,10億ドル以上の負債のある会社が,アメリカ全土で30社はあるという。それも9月末の会計年度末か遅くとも年末には60社になるのではないかと言われている。

 そしてJPモルガン? チェース,シティ・バンク,ウェルズファーゴは,第2四半期の利益計上に大きな打撃を与えてまで,280億ドルの日本で言う貸し倒れ引当たり金を積んだ。それほどウオール街は,危ない状況なのであろう。

 アメリカの金融が破綻すれば,中国の金融=経済も破綻する。そうなれば中国は,アメリカとの戦争に打って出るしかなくなるかも知れない。

 そうなれば日本にも核ミサイルが飛んで来るかも知れない!

 だが希望もある。上記のように米国は,リーマン危機に学んで備えを行っている。4−6月期に人民元建ての中国国債に対する外国資金の流入ペースは2018年後半以来の好調さで流入規模は4兆3000億元と過去最高。今年上半期には,日本を除くアジアの企業が,30年以上の期間で286億ドル相当の債券を発行。

 つまり米中はコロナ問題があっても少なくとも金融面では一体化を切り離すことが今のところは出来ず,相手を破滅させれば自分も破滅する関係が,完全に解消できていないのである。

 前述の香港問題と同様に,トランプ氏としても,少なくとも自国を金融的に破滅させることは避けるかも知れない。土壇場で厳しい制裁等を緩めるかも知れない。トランプ氏の今までの実は合理的な判断を前提に考えると,その可能性もあるとは思う。

 だが,それは中国の出方次第だと思う。香港,台湾,南シナ海等で中国が米国の利益に反する行動を取った時,米中戦争が起きる可能性は,やはりある。その時に備えて日本は,小型空母や巡航ミサイルそしてF35等の配備を急ぐしかないだろう。

 そして何れにしてもトランプのアメリカは今までのように日本を甘やかしてくれない可能性が低くない。自分は自分で最低限守ることを要求されるのではないか? それで良いのである。そろそろ日本人も70年以上も続いた平和ボケから目覚める時が来ているのではないか?

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1827.html)

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