世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1816
世界経済評論IMPACT No.1816

市場メカニズムによる集中から分散型市場ネットワークへ

末永 茂

(エコノミスト  )

2020.07.20

 市場経済とは市場を中心に機能する社会である。市場とは市場(いちば)であり,メソポタミアを起源にしているとの説があるが,いずれにせよ街場や人口が密集する,あるいは交流する場に於いて発達したものである。ということは市場経済の発達は必然的に人口が都市部に流入し,過密状態が生まれる。他方で周辺部の過疎地域も発生し,不均衡を呈することになる。今日のグローカル社会の課題は,こうした事情によって発生するものと思われる。市場機構は物資・価格取引の効果的な微調整の場である。また,同時に我が国では西欧型都市開発方式が採用され,都市計画の基本的思想を形成して現在に至っている。

 近代都市の原型はロンドン大火災(1666年)が大きく影響している。これによって森林資源の欠乏が発生し,木造建築物の禁止が加速した。そして,石と煉瓦の街並みが創り出された。また,ヨーロッパ大陸は周知の如く,降雨量が我が国と比較して1/2から1/3程度と少ないため,建築物は「壁」を基本としている。これに対して,我が国の家屋は「大屋根」を特徴としている。このように自然風土はかなり異なっているが,高度成長期からの都市開発は,伝統的な日本的建築思想を軽んじて,近代システムへの全面的移行を目指すことになった。こうして,遊水池や都市空間の隙間は非生産的な要因として,消滅の運命を辿ることになる。しかし,この戦後的開発や生産第一主義によっても,乗り越えることが出来なくなってきたのが,最近の災害多発現象であろう。

 「50年に一度,あるかないかの気象変動」と毎年のように発せられる状況であるが,専門家の統計的分析からは正確な回答も,生活者の観念から言わせると「何を言っているのか? いい加減にして欲しい」という所だろう。また,地方自治体の意思決定機能と能力不足の実態は,災害のたびに指摘されてきた。例外もあるだろうと期待したいが,極めて劣悪といっても過言ではない。地方は連続的な人口減少の過程で人材の流出現象も著しく,特にリーダーに相応しい層の空洞化と劣化現象が激しい。地場産業が次々と系列企業に代替されている現象はその現れである。だが,地方の連鎖倒産を回避するために,企業の新陳代謝は前向きに受け入れなければならない。

 大都市集中を是正すべきであるといわれるが,地方への逆流の条件として,分散型グローバル社会を構築する必要がある。そのための課題は多い。「地方からの発言」が必要だとか,UJIターンを促せというが,それを受容する産業雇用政策が殆ど非現実的なものである。地方回帰の根本問題は地域社会との意識ギャップである。通年・中途採用が構造化されない限り,首都圏から地方に逆流できない。従って,大企業そのものの雇用構造もそれに連動して流動化しない限り,地方産業への梃入れも本格化しない。すぐれて人事戦略問題なのである。

 さらに,我が国の農業は内部崩壊の構造を抱えている。農地改革派による高コスト構造が,今なお残存しているからである。農地の平均所有面積1ha程度に高額の農業機械を導入するのであるから,補助金をいくら投入してもそこには限界がある。さらにこれと連動して高齢化は待ったなしの状況を生み出し,最終的には農地の処分が待っている。行きつく先は耕作放棄地か,あるいは農地の錬金術化である。当然ながら,宅地開発は優良農地である平場が率先して指定される。ここに日本農業の根本的課題=自給率低下問題がある。さらに水害・土砂崩れを助長する,旧住宅地の周辺部分に当たる雑木林の急傾斜地開発がある。ここでは災害発生の危険性が,近代建築構造物への神話で覆い隠されてしまう。その結果として,人口減少を伴いながら旧住宅地及び中古物件は虫食い状態で放置され,さらに中心市街地は空洞化する。

 災害の度に,ボランティアの献身的な働きには頭が下がる。こうした人々を野に放置しておいて良いのであろうか? 成熟社会と言いながらも彼らを組織化できないところに,我が国の経済社会の構造的人的欠陥があると見るべきであろう。構造化された都市=地方経済のアンバランスを解消する経済政策は,所得機会の平準化である。やや唐突感のある論調だと思われるだろうが,「地方交付税」に代わる個人への所得移転として「ベーシック・インカム」を位置づけてはどうか。これは経済社会が日本的美徳と道徳的観念に支えられていれば,有効に機能する。個人への直接的な所得分配と選択の自由を保障する経済政策は,市場原理の基礎を構成するものである。硬構造のインフラ整備を最小限に抑え,分散型社会構造を創り出すための近道であり,これで財政赤字に悩む我が国の行政コストも抜本的に削減できる。官主導型社会から「分散と個人選択」による社会システムの構築である。つまり,コロナショックで在宅ワークが普及した今こそ,チャンス到来といえる。

 テレビ番組の『人生の楽園』や『ポツンと一軒家』などの生活スタイルは,現状においては多額の年金や補助金なしに維持できない。増田寛也らが提唱した「地域おこし協力隊」が,当初想定したほどの効果が上がらないのもそのためである。3年程度の国からの助成金支給がなくなった時点で,殆ど撤退しているのが現状である。若さだけではやっていけないし,若年層を弄んではいけないように感じる。今時,自給自足で生活できるような経済システムはあり得ないし,もっと端的に言えば「人は一人では生きて行けない」。最後の日本軍人・小野田少尉の言でもある。基礎的な所得機会が確実に社会的に存在しなければ,分散型社会は創り出せない。人々がリモート・コミュニケーションに抵抗がなくなった時,市場ネットワーク・システム=中心と周辺から解放された世界を構築できる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1816.html)

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