世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1802
世界経済評論IMPACT No.1802

経済法からみた北朝鮮の「経済改革」:「市場経済」の法制化へ

上澤宏之

(亜細亜大学アジア研究所 特別研究員)

2020.07.06

 北朝鮮は,2011年末の金正恩(キム・ジョンウン)体制発足以降,市場メカニズムを活用した「経済改革」を断続的に推進している。具体的には,2012年に「社会主義企業責任管理制」と称する新経済管理方法の導入を通じて,生産・投資・販売などで企業の裁量権を大幅に拡大(実質的な経営権の付与)したほか,企業・協同農場などでの余剰生産物の取扱権限拡大や,個人の能力・実績に応じた給与体系を取り入れたことなどが挙げられる。またこれと同時に,農業分野でも「分組」(生産組織における最下部組織)の小規模化(家族単位など)などを中心とする「圃田責任担当制」を実施した。

 これらの措置について,リ・ヨンミン国家計画委員会副局長が党理論誌『勤労者』(2014年9月号)に寄稿した「われわれ式経済管理方法を確立することは経済強国建設の重要な要求」の中で,最高指導者である金正恩党委員長(当時,第1書記)の方針(いわゆる「5.30労作」)である旨言及した。また,党大会として約36年ぶりに開催された第7回大会で金正恩党委員長が「社会主義企業責任管理制の要求に合わせて経営戦略をしっかり立て,企業活動を主導的に,創発展的に行い,生産を正常化し,拡大発展させなければならない」(2016年5月10日,党中央委員会事業総和報告)と述べるなど,同経済管理方法が党の方針である旨明らかにした。

 その上で,北朝鮮は「企業所法」改正(2014年11月)で「社会主義企業責任管理制」の導入を,「農場法」改正(同年12月)で「圃田責任担当制」の実施をそれぞれ明記したほか,「貿易法」改正(2015年6月)で従来の貿易会社しか認めていなかった貿易権を「中央貿易指導機関から営業許可を受けた機関,企業所,団体」(第11条)にまで付与するなど対外アクセスを自由化した。さらに,憲法改正(2019年4月)では,従来のイデオロギー中心の経済管理方法である「大安の事業体系」を削除し,「社会主義企業責任管理制」の導入を新たに追記した。このうち「企業所法」に着目すると,「企業所は定められた範囲内で生産物の価格制定権と販売権を有し,生産物流通を自らが実現する」(第39条),「企業所指標(企業所の裁量分)は企業所が需要者機関,企業所,団体と注文契約を交わすことに基づき,自らで計画化し,実行する」(第31条)などとして(国営流通網・計画経済以外の)「市場」への自由なアクセスを許容したほか,「企業所は不足する経営活動資金について銀行から貸付を受けたり,住民遊休貨幣資金を動員・利用することができる」(第38条)として(「市場」における)民間資金(住民遊休貨幣資金)の導入を認めるなど,「市場」との親和性が高まっており興味深い改正となっている。

 こうした金正恩体制下の「経済改革」の特徴について筆者なりにまとめると,以下の三つを指摘することができよう。その第一は,一連の改革措置を憲法や下位法に明記して公表したことである。北朝鮮では,先代の金正日(キム・ジョンイル)総書記時代の2002年にも「経済改革」(いわゆる「7.1経済管理改善措置」)を実施した経緯があるが,その際は改革措置(工場・企業所の独立採算制強化や賃金・物価の実勢価格化〈引上げ〉など)の内容を対外的に一切公表しなかった。これに対して金正恩体制下では,法制化を通じて市場メカニズムを中心とした改革の方向性を明示しており,同路線の不可逆性を伴っている。

 第二は,内在する経済管理制度の問題点を認識した上で,市場メカニズムの活用を通じて経済の活性化を試みていることである。経済分野における党的指導体系の象徴であった「大安の事業体系」を憲法から削除したことは,従来のイデオロギー重視の経済政策からの一大転換ともいえる動きである。ただし,市場メカニズムの導入については,経済的レバレッジを意味する「経済的槓桿」について「経済原理と法則,現実的条件に合わせて上手く活用してこそ企業が企業活動を主導的に,創発的に行い,勤労者らの生産熱意を刺激し,推動することができる」(『労働新聞』2019年11月21日)と指摘するも,「社会主義社会が共産主義社会の高い段階と比べると未熟性であり,過渡的性格を持つ」(金正日『チュチェの社会主義経済管理理論でしっかり武装しよう』1991年)ことから,①「過渡的性格を次第に無くすように」,②「計画槓桿(計画経済)を強化するための補助的手段として」(以上,『経済研究』2019年〈2〉),それぞれ利用しなければならないとも主張している。つまり一連の「経済改革」における市場メカニズムの活用を既存社会主義理論の枠内で解釈し,一時的かつ制限的な措置として捉えていることに改革の限界もみえる。

 そして最後は,拡大する非公式経済,すなわち「市場」の制度・法制化を通じて「市場」との経済活動を許容し,「市場」の国家経済への制限的受容(あるいは吸収)を試みていることである。これは市場メカニズムと拡大する非公式経済の潜在力を国家供給網へ取り込み,計画経済を再建しようという取組であるが,見方を変えれば,計画経済の再建に向けて「市場」へ依存せざるを得ない状況を制度的に後付けしただけとも考えられる。この点において「市場」と「計画」が今後,どのような相互関係を形成していくのか注目されよう。

 以上,経済法の変化を通して金正恩体制下の「経済改革」を概観したが,導入された市場メカニズム措置の規模や範囲からは,W.ブルスのいう「改革の第2波」,すなわち1960年代中盤にソ連・東欧諸国で展開された「市場メカニズムを用いた計画経済モデル」(ソ連のコスイギン改革やハンガリーの新経済メカニズムなど)と類似した動きをみせているといえるが,もちろんそこでは所有制や政治体制の変化は一切みられないということも念のため付しておきたい。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1802.html)

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