世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1779
世界経済評論IMPACT No.1779

ガス市場のスイッチングの地域差はなぜ生じるか:注目すべき北海道ガスの奮闘

橘川武郎

(国際大学大学院国際経営学研究科 教授)

2020.06.15

 資源エネルギー庁が発表した2020年4月末時点のガス小売全面自由化にともなう地域別のスイッチング比率は,近畿が19.2%,中部・北陸が18.0%,関東が14.2%,九州・沖縄が8.6%,全国平均が14.2%であるのに対して,北海道,東北,中国・四国は「数値なし」。北海道,東北,中国・四国,そして北陸では,2017年4月の都市ガス小売全面自由化から3年余を経過してもなお,競争らしい競争は起きていない(資源エネルギー庁の集計では中部・北陸を一括視しているため読み取ることができないが,北陸と中部と分割して再集計すれば,北陸も「数値なし」に近い状況であることが判明する)。

 それらの地域で競争が起きていないのは,地元の有力ガス会社が電力会社の「逆襲」をおそれて,16年の電力小売全面自由化にもかかわらず,電力市場への参入に消極的な姿勢をとっているからだ。このガス会社の「忖度」を受けて,当該地域の電力会社もガス市場への参入を控えている。その結果が,ガスのスイッチング率が「数値なし」という怪現象にほかならない。

 しかし,たった1地域だが,まったくの例外が存在する。北海道だ。北海道では,北海道ガスが果敢に電力市場に攻め込み,北海道電力からの電力のスイッチングに成果をあげている。にもかかわらず,北海道電力は,2020年春の時点で有効な「反撃」を加えることができず,ガス市場への本格的な参入にいたっていない。同じ「数値なし」でも,北海道と東北,北陸,中国・四国とでは,まったく事情が異なるのだ。

 その奮闘する北海道ガスの現場を見学させていただきたいと考え,19年12月,真冬の新千歳空港へ飛んだ。訪れたのは,札幌市と石狩市だ。

 まず向かったのは,札幌駅北口近くにある北海道ガス本社の新社屋。19年6月に竣工したばかりで,快適で働きやすく,1フロアが間仕切りのない大空間となっており,社員の交流促進や作業の効率化を図る工夫が行き届いていた。

 続いて本社ビルの地下に移動し,そこで稼働する,出力7800kWのガスエンジン発電機2基を擁する北ガス札幌発電所を見学した。発電効率は50%と,世界最高水準だ。発生電力は,北海道ガスの自営送電線を経て北海道電力の特別高圧系統に接続され,「北ガスの電気」として,市場で販売される。停電時にも起動できるブラックアウトスタート機能を有し,BCP(事業継続計画)に貢献する。

 北ガス札幌発電所は,都心の発電所であるため,騒音対策や振動対策に万全を期している。排熱利用にも特徴があり,320℃の排ガスをボイラーに送って190℃の排熱高温水を作り,隣接する北海道熱供給公社の中央エネルギーセンターに供給する。同センターでは,天然ガスと道内産の木質バイオマスを燃料にして温水を自前でも生産しており,隣の北ガス札幌発電所から送られてくる分と合わせて,札幌都心部に高温水供給を行っている。排熱利用分も含めて,北ガス札幌発電所による二酸化炭素削減効果は,年間約2万4800トンに達すると聞いた。

 北海道熱供給公社には,北海道ガス・札幌市・北海道が出資しており,北海道ガスの出資比率は約80%に及ぶ。札幌オリンピックの4年前の1968年に,日本で3番目に古い地域熱供給事業者として発足した。現在では,中央を含め,札幌駅南口,赤れんが前,道庁南,創世の5箇所のエネルギーセンターを擁し,札幌中心部の約100haのエリアで90件近い顧客に向けて,温熱や冷熱を供給する。エリア内にあるビルの棟数の約30%,延べ床面積の約60%をカバーしているそうだ。

 札幌市は,北海道熱供給公社の供給エリアとかなり重なる地域に「都心強化先導エリア」を設定し,2050年までに先導エリア内の分散型電源比率を30%以上にすること,建物から排出される二酸化炭素を12年比で80%削減することなどを目標に掲げる,「都心エネルギーマスタープラン」に取り組んでいる。北海道ガスと北海道熱供給公社は,このマスタープランの実現過程で,中心的な役割をはたすことになるだろう。

 北ガス札幌発電所をあとにして,札幌の北4条東6丁目にある北海道ガスの46エネルギーセンターを訪れた。都心まちづくりの重点地区に立地する同センターは,隣接する札幌市中央体育館(名称は「北ガスアリーナ札幌46」)と分譲マンションへ電気・温水・冷水・融雪温水などを供給しており,まもなく医療福祉・健康増進施設への供給も始めるという。46エネルギーセンターは,地区全体での省エネを進めるCEMS(コミュニティ・エネルギー・マネジメント・システム)の担い手となっているのだ。

 翌日,札幌から車で小一時間かけて,北海道ガスの石狩LNG(液化天然ガス)基地まで足を伸ばした。古い話で恐縮だが,「喜びも悲しみも幾歳月」の石狩灯台と「石狩挽歌」のオタモイ岬との中間に位置する。基地内には,容量18万klと20万klの2基の地上式LNGタンクが屹立している。その先の埋立地の突端部分では,出力7800kWのガスエンジン発電機10基を擁する北ガス石狩発電所が,ほぼフル稼働の状況で運転を続けていた。

 北海道ガスは,石狩LNG基地から,導管,内航タンカー,ローリー車を使って,LNGを道内各地に供給している。同基地が営業運転を開始したのは12年11月のことであるが,それからは道内のガス供給の屋台骨を支え続けている。

 一方,北ガス石狩発電所は18年10月に営業運転を開始し,その1ヵ月前の全道ブラックアウトによって生じた「北海道の電力危機」の解消に貢献した。ちなみに,北海道電力の最初のLNG火力発電所である石狩湾新港発電所が営業運転を開始したのは,それから4ヵ月後の19年2月のことである。LNG火力発電所の運転開始に関してガス会社が電力会社より先行したのは,全国でも北海道だけである。

 都心部でのCEMSの運営や面的な冷熱供給,LNG基地・火力発電導入のスピードなどは,北海道ガスの先進性の十分な証左だと言える。冬の北国で,そのことをしっかりとこの目で確認することができた。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1779.html)

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