世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
13億人ロックダウンのインドに期待する
(東北文化学園大学 名誉教授)
2020.06.01
新型コロナウィルスの飛沫や接触感染をもたらす「密」の要素の人口で,インドは13億人で中国に次ぎ,間もなく中国を超えて世界最大となる。人口の大きさや密度だけでなく,人種や宗教,文化等多様な社会や貧困問題から感染症の原因となる要因も多い。事実,天然痘,レプラ,結核,マラリア,インフルエンザ等多くの感染病の流行と罹災の歴史を経験してきたし,新型コロナウィルスの感染もここへ来て拡大の勢いが増している。
インドで初の感染者が出たのは今年1月武漢帰りの学生で,感染者が600人台となった3月25日には全インド13億人を対象とする3週間4月14日まで外出禁止のロックダウンを発令し,これを5月3日,17日,そして31日まで延長してきた。当初は発生源の中国,そして韓国,日本で感染が拡大,またイタリア,スペイン,フランス,ドイツ,英国,ロシア等の欧州,次いで米国やカナダ,ブラジル等米州の国々で感染が急拡大する中で,世界の総人口の2割強を占める人口稠密な南アジアではインドを含めて感染拡大のスピードは速くなかった。
南アジアではインドの感染が最多で,4月下旬から5月に入って感染者が増え5月半ばには累積感染者数が8万人を超えてアジア最大の中国を上回わり,26日には14万5,380人と感染者数では世界第10位になった。感染者からの回復者は6万490人を数え41.6%が回復,また死者は累計で4,167人にとどまり感染者数に対する致死率は2.9%と低いのが目立っている。Times of India紙によると,この時点の致死率は世界平均で6.4%,感染が先行したフランスが19.9%,イタリア14.3%,英国14.2%,スペイン12.2%,米国6.0%,中国5.5%,ドイツ4.6%であった。また,死者数を感染者10万人当たりで見ると,人口の多いインドは0.3人と世界平均の4.5人より低く,イタリア,スペイン,英国,フランスの40人台から60人台,米国の30人弱に比べて,インドの数字はまだかなり低い。
インドのロックダウンは5月末まで3度延長されたが,経済停滞の影響も目立つようになって既に部分的な規制緩和措置が講じられている。これまでのところ,スピーディで全土にわたる未曾有のロックダウン措置と,政府と国民の意識の高い感染防止策や救済策,それに国際水準の医療体制が功を奏しているように見られる。インド保健・福祉省は日々の進展の中でこれを確認し,WHOはインドの対応を評価している。もちろんロックダウンに従わない住民と警察の衝突や失業者増大等の懸念が少なくないが,まだ大きな問題にはなっていない。
その背景には,GDPの1割に相当する総額20兆ルピー(約28兆円)に及ぶ大規模で広範きめ細かな経済対策パッケージが大きいと見られる。これは,まずロックダウン直後の3月27日に第1弾のパッケージ,4月27日にはインド準備銀行の金融支援策が発表され,そして5月12日にはモディ首相による演説「自立したインド」構想の下に財務大臣が5月13日から17日にかけて5日連続で5部門の経済対策パッケージと最終日にはオンライン診療やウィルス感染者との接触履歴アプリの普及,医療のデジタル化等を明らかにした。
ロックダウンによる規制が緩和されるに応じて感染者の拡大が見込まれ,このところの拡大傾向が何時頃ピークを迎え収束に向かうのかまだ予測は少なく,当面は6月の推移がカギとなりそうである。また,大掛かりな新型コロナウィルス対策に加えて,この時期ベンガル湾に発生したサイクロンAmphanが大型化して被害が懸念される。さらに,一昨年と昨年かけてできた周近平国家主席とモデイ首相の非公式トップ会談以降小康状態と思われた中印国境(西部カシミール地区と東北部シッキム州近く)で最近両軍の対峙が伝えられ,パキスタン,ネパール,バングラデシュ,スリランカ,モルディブ等インド近隣諸国への中国の一帯一路戦略もインドの安全保障に関わる。
この観点もあってか,インドは南アジアの地域協力機構SAARCの活動には消極的であったが,新型コロナウィルスの感染対策に関してはこの3月半ば率先して域内7か国に協力を呼び掛けまとめている。インドはこの他中東やアフリカ諸国とも関係強化を図り,コロナウィルス検査機材やマスク,医薬品の提供や医師団の派遣に取り組んでいる。医薬品では,インドは後発医薬品(ジェネリック医薬品)の世界的な生産地であり,抗マラリア医薬品のヒドロキシクロロキン等を120か国以上に提供している。
こうして見てくると,新型コロナウィルス感染対策では多様な要因と課題の多いインドの行方がもっと注目されるべきであり,また早急な収束と経済の回復が望まれよう。感染症に慣れたインド国民にとっても社会的距離の確保やマスク着用,手洗い等が日常的になり,また多様性に富む世界最大の民主主義国の経験は今後広く人類に役立つと期待されよう。
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