世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
「賢者は歴史に学び,愚者は経験に学ぶ」:新型コロナウイルスの感染拡大に思う
(早稲田大学・文京学院大学 名誉教授)
2020.05.04
上記タイトルは,ドイツ帝国のオットーマン・フォン・ビスマルク宰相の発した言葉が格言化したものといわれている。
2020年に入り,世界は新型コロナウイルスの世界的流行(パンデミック)に揺れている。感染の中心地は,中国からヨーロッパ,そしてアメリカへと移った。ジョンズ・ホプキンス大学の集計によれば,4月21日日本時間午前3時時点で,世界中で感染者数は247万人超,死亡者は17万人超となっている。アメリカでは,感染者数が同じ時点で78万7901人,死亡者は4万2364人なっている。日本国内でも,NHKの集計によれば4月21日午前10時半時点で,感染者数はクルーズ船を除き,感染者数が1万1154人,死亡者が263人で,感染者・死亡者数とも減少傾向は見せていない。各国のリーダーたちの新型コロナ対策をみると,ビスマルクのもともとの言葉が正しく反映されているかどうかは別にして,タイトルの言葉が格言化したことがよくわかる。
ペストの流行などにみられるように,疫病は人間社会において繰り返し起こっている。最近では,1918年第1次大戦中に起こったスペイン・ウイルスが注目を集めている。スペイン・ウイルスの発生源はよくわからないが,同年3月にアメリカのカンザス州の陸軍基地から感染が拡大したことは知られている。第1次大戦中の1918年にヨーロッパに派遣されたアメリカ兵が,ヨーロッパに感染を広げ,これが敵国の兵士にも感染し,さらにアジア,アフリカ,世界へと拡大した。世界で感染者数は当時の世界人口の3分の1に相当する5億人,死者は5000万人といわれている。日本でも,感染者数は4000万人弱,死亡者は40万人前後と推計されている。
交戦国は自国の弱点を知られては困ることから,感染の拡大を隠し続けた。たまたま中立国で王室にも感染が広がったスペインにおいて,このウイルス感染が公にされたため,「スペイン」ウイルスと呼ばれるようになった。
スペイン・ウイルスの世界的流行の背景には,当時の世界秩序の変化が背景にあったといえる。1870年代から米国やドイツといった当時の後発国が,電気,内燃機関,化学をベースに大量生産・大量販売に基づく「第2次産業革命」をもたらし,イギリス主導の世界秩序が揺らぎ始めたのである。それまでの比較的自由な国家間のモノやヒトの移動が,各国の規制による報復合戦となり,第1次大戦,第2次大戦へとつながった。
現在でも同じような世界秩序の変化がみられる。1980年代ごろから,「インダストリー4.0」とか「IoT」と呼ばれるITやAIなどの新技術をベースにした「デジタル産業革命」が起こりつつあった。さらに,1990年代からこの動きは急速に強まり,GAFAといわれる強大なIT企業などが台頭し,1970年代に衰退しつつあったアメリカに,復権の兆しが見えた。しかし,シンガポールや韓国のようなアジアNIEs,アセアン諸国,1990年代ごろからは,中国やインドなど,第2次産業革命とデジタル産業革命を同時に進める新興国が台頭した。結果として,世界経済におけるアメリカの相対的な地位は急速に低下した。
トランプ大統領は,貿易不均衡や世界の中でのアメリカの地位の低下をみて,「偉大なアメリカを再び」をスローガンに大統領選に勝利した。彼は歴史に学ぶことなく,アメリカの地位の低下をもたらしたと考えられる相手国や国際的・外交的取決めに対して,国家間の分断を生むような行為にでた。イラン核合意やパリ協定からの離脱,INF全廃条約の破棄と,国際協調を無視し,国家間の対立を生むことになった。最たるものが,急速に経済発展し外交や安全保障面においても力をもった中国への対抗であった。中国もただちに対抗措置を打ち出し,貿易戦争,5Gなどの新技術をめぐる覇権争いへと発展した。
こうした対立は,今回の新型コロナウイルスの感染対策において,世界をリードしなければならないWHO(世界保健機関)にまで飛び火してしまった。予防ワクチンや治療薬の開発が急がれるのはいうまでもない。開発されるまで,人々の接触を断ち,感染した人を隔離し,予防のためには,マスクの使用による咳マナー,手洗い,うがいなどが有効とされている。
感染源・感染地域からのヒトの移動は,国家間でも国内の都市間でも制限をすることが重要である。ところが,ヒトの移動のみならず,予防ワクチンや治療薬の開発,感染者数の増減,経済活動の制限や再開といったいろいろな対策が,国家間の政争・競争になっている。一国内においても,ウイルス対策が政党間,リーダー間の得点争いなっているように思えてならない。
ウイルスは自らでは動かない。感染の拡大・終息は人間の行動の結果である。今回のような非常事態・緊急事態においてこそ,私たちは歴史に学び,他人,他国の経験(ベストプラクティス)を学ぶべきではないだろうか。
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川邉信雄
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