世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1698
世界経済評論IMPACT No.1698

タイ,シンガポールなど主要国でマイナス成長:2020年のASEAN経済見通し

石川幸一

(亜細亜大学アジア研究所 特別研究員)

2020.04.20

 ASEANではコロナウイルス感染が拡大し,感染者1万9544人,死者817人(4月13日発表)となっている。全ての国で入国の禁止あるいは規制,国境封鎖,ロックダウンや外出規制など移動の制限,首都のサービス業の営業の規制などを実施している。そのため,観光客の激減,武漢閉鎖による部品供給停止など中国とのサプライチェーンの寸断,小売りや飲食など消費の急減,製造業の製造停止,株価下落などが起きている。緊急経済対策が各国で実施されているが,経済は急速に冷え込んでおり,2020年の経済成長率は大幅に落ち込むことが予想されている(注1)。

 ASEANの2020年の経済見通しは,時期を追うに従い下方修正されている。アジア開発銀行(ADB)は,4月3日発表のアジア経済見通しで,2020年のASEANの経済成長率見通しを2019年12月時点の4.7%から1.0%に下方修正した。なお,中国は5.8%から2.3%へ,アジアの開発途上国は5.7%から2.4%に下方修正されている。4月14日に発表されたIMFの世界経済見通しは,ASEAN5について1月の予測から5.4ポイント下方修正し-0.6%と予測した。国別にみるとタイは-6.7%とアジア通貨危機の-10.2%(1998年)以来の深刻な景気後退に陥る。

 ASEANの主要貿易相手国は,ASEAN域内(23.0%,2018年),中国(17.1%),EU(10.2%),米国(9.3%),日本(8.2%)である。ASEANへの主要直接投資国は,ASEAN域内(16%,2018年),EU(14%),日本(14%),中国(7%),米国(5%)となっている。中国はコロナ感染が終息しつつあり,生産活動が再開されつつあるが,他の国・地域は終息の見通しが立っていない。IMFの4月の経済見通しでは,2020年の経済成長率は中国が1.2%とかろうじてプラス成長だが,米国-5.9%,EU-7.1%,日本-5.2%と軒並みマイナスである。消費の急速な冷え込みと生産活動の大幅な低下から輸出入とも大幅な減少となるし,FDIも減少するだろう。

 各国とも外国人の入国を厳しく制限しており,観光業には大打撃となっている。観光がGDPに占めるシェアはASEAN全体では12.0%だが,カンボジアは32.8%,フィリピンは24.7%,タイは21.6%と主要産業となっている。雇用に占めるシェアでは,カンボジアが31.6%,フィリピンが26.4%,タイが15.9%となっている。輸出と比較した観光収入はカンボジアが30.0%,タイが20.8%,ミャンマーが20.0%と外貨獲得でも極めて重要であり,観光客の大幅減少は経済への大打撃となる。

 パンデミックによる先行き不安からASEANでは資本流出が起きており,株価の低落と通貨下落が起きている。ベトナムの株式指数(VN指数)は1月下旬の936.6から3月末には662.5へ29.6%低下し,タイ,インドネシア,フィリピンでも株価が大幅下落した。インドネシア・ルピアは1月中旬の1ドル1万3662ルピアから3月末には1万6367ルピアへ19.8%下落し,タイ,シンガポールも通貨が下落した。ラオス(62.4%),マレーシア(62.3%)などをはじめ,対外債務のGDP比率が高い国が多く,通貨下落が続くと対外債務支払いが増加するなどの問題が生じる。

タイは-6.7%の見通し

 以下は,4月に発表されたASEAN事務局資料(ADB見通しあるいは各国政府見通し)およびIMFの4月の2020年の各国の経済成長率の見通しである(注2)。

ブルネイ:ASEAN事務局によると,1.5%(2019年9月ADB)から新たな製油所の稼働により石油製品の輸出が期待できるため2.0%に上方修正(2020年4月)された。IMFの4月予測は1.3%となっている。

カンボジア:ASEAN事務局によると,6.8%(2019年9月ADB)から2.3%(2020年4月ADB)に引き下げられたが,IMF見通しはより厳しく1.6%とマイナス成長を予測している。観光業への依存がASEANで最も大きいためである。

インドネシア:ASEAN事務局によると,5.3%(2019年8月財務省目標値)から-0.4%~2.3%(2020年4月)に下方修正された。IMF見通しは0.5%である。

ラオス:ASEAN事務局によると,6.2%(2019年9月ADB)から3.5%(2020年4月)と引き下げられており,IMF予測はさらに低く0.7%である。

マレーシア:ASEAN事務局によると,4.8%(2019年8月財務省目標値)から-2%から0.5%(2020年4月中央銀行)と下方修正され,IMF見通しは-1.7%となっている。

ミャンマー:ASEAN事務局によると,予測値は6.8%(2019年9月ADB)から4.2%(2020年4月)と引き下げられた。IMFの見通しは一段と1.8%と厳しいものとなっている。

フィリピン:ASEAN事務局によると,6.5%~7.5%(公式目標)から-0.6%~4.3%(2020年3月NEDA)に下方修正され,IMF予測では0.6%となっている。

シンガポール:ASEAN事務局によると,0.5%~2.5%(2019年11月)から-4%~-1%(2020年3月貿易産業省)とマイナス成長となり,IMF予測では-3.5%である。

タイ:ASEAN事務局によると,2.7%~3.7%(2019年11月)から1.5%~2.5%(2020年2月NESDB)に引き下げられ,IMF予測では-6.7%と最も厳しい予測となった。

ベトナム:ASEAN事務局によると,2020年の成長率見通しは,6.8%から5.96%(2020年2月計画投資省)に引き下げられている。IMF予測では2.7%である。

 感染が2020年中に終息し,金融システムの混乱がなければ,2021年はアジアの開発途上国は6.2%,中国は7.3%,ASEANは4.7%成長に回復するとADBは予測している。IMFも感染は終息し,2021年に再感染が起きなければという条件で,2021年はASEAN5が7.8%に回復し,中国は9.2%などV字型回復を予測している。

[注]
  • (1)ASEAN各国の経済対策については,日本アセアンセンターのホームページを参照。
  • (2)ASEAN Secretariat, ASEAN Policy Brief, April 2020. および IMF, World Economic Outlook April 2020, April 14, 2020.
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1698.html)

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