世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1674
世界経済評論IMPACT No.1674

中東に拡大するコロナウイルス騒動

並木宜史

(ジャーナリスト norifumi.namiki@gmail.com)

2020.03.30

 新型コロナウイルスが北東アジアから全世界に拡散している。発生源の中国武漢では新規の感染者ゼロと報道される等,中国当局は収束ムードの演出に躍起になっている。その一方で,欧米では感染者が激増し中国を抜いて新たな感染源の様相を呈している。

 それに歩調を合わせるかのように中東諸国でもコロナウイルス感染者がにわかに増え始めている。トルコでは3月から急激にコロナウイルスへの恐怖が拡散した。今月中旬トルコで最初の感染者が発表された直後,トルコ各地で買い占め騒動が発生した。コロナ騒動発生当初,エルドアンは当初娯楽施設は閉鎖するのに,政府系の宗教施設は手つかずだと批判された。しかし感染急拡大を受け宗教局も19日,翌日の金曜礼拝は中止するとの発表を余儀なくされた。エルドアンは今月上旬にやっとロシアとイドリブに関して合意を達成し,シリア軍との全面戦争の危機を一旦切り抜けたのに,新たな災難が到来したと頭を抱えているはずだ。トルコ保健相は26日現在,合計59人の死者数と2433人の感染者数を発表している。危機の裏で政府への批判的言説の取り締まりを強化する。トルコ当局は25日までに410人以上のSNSユーザーをコロナウイルスに関して風説の流布をした容疑で逮捕した。トルコはエルドアンが独裁的傾向を強めて以降,SNSの取り締まりに力を入れている。その際に濫用されてきたのが「テロのプロパガンダ拡散容疑」である。これが今度は「コロナのプロパガンダ拡散容疑」にアップデートされた。エルドアン政権下で政治弾圧はコロナに乗じて激しくなることが予想される。コロナパニックが本格化する以前であるが,トルコ司法は不当に解任された元クルド人市長にテロ容疑で懲役9年の判決を下した。独裁的傾向を更に強めウイルス鎮圧に成功するのか,権力濫用だけしてウイルス拡散を許すのか正念場である。

 内戦下のシリアでもコロナウイルスの恐怖は拡がっており,各当事者とも見えない敵との戦いを余儀なくされている。シリアでは22日,海外渡航者から最初の感染者が確認された。アサド政権の保健省は25日,5人の感染者が確認されたと発表した。北シリアを指導する民主統一党(PYD)は新たな危機の中でその統治能力も試されているが,現状では期待された役割を果たしていると言える。北シリアの自治政府は26日,住民の感染対策に謝意を表しつつ,新たな政令を発した。日用品の安定供給のため商店への指定した商品の価格据え置き指示,自治政府外からの死体受け入れ措置の実施,新規の入域者の14日間隔離,である。日本でも物議をかもした学校閉校も既に実施されており,外出制限も行われている。今月は下旬にクルドの新年祭ネウローズがあり,外出制限を課すには時期が悪かった。ネウローズ当日の21日付近には人々が外に出て祝うのを止められない事態もあったようである。PYDの支配はシリア反体制派を中心に独裁と批判されることは多い。このような誹りは内部抗争が絶えないシリア反体制派によるPYDへのやっかみという要素が多分にあり,PYDの統治能力の裏返しでもある。一方でエルドアン政権同様,コロナウイルス騒動に乗じた権力濫用にはしるのかも試されていると言えよう。

 危機に置かれた人間はその本性ないし本質を現すと言われる。コロナウイルス騒動により日本,アメリカで株価暴落が起きた。ウイルス対策の外出制限等が引き起こした経済停滞に起因するとニュースでは解説されるが,緩和頼みの経済が行き詰っている構造的な問題が危機によって深化しているというのが正しい。アメリカはまだ対策の余地があるのに対し,日本は取れる対策も無くなりつつある分深刻である。中東のみならず危機で何が現れてくるか注視する必要がある。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1674.html)

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