世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1638
世界経済評論IMPACT No.1638

東アジア経済統合におけるASEAN中心性

清水一史

(九州大学大学院 教授)

2020.02.24

 世界で保護主義が拡大する中で,ASEANは東アジアの経済統合を牽引して来ている。2015年にはASEAN経済共同体(AEC)を創設し,更にAEC2025の実現に向けて統合を深化させている。ASEANは,東アジアの経済統合においても中心である。アジア経済危機後のASEAN+3やASEAN+6などの東アジアの重層的な協力の中心は,ASEANであった。またASEANを中心としたASEAN+1のFTA網が確立してきた。更に世界金融危機後の変化の中でASEANがRCEPを提案した。RCEPは昨年も交渉妥結出来なかったが,今年中の妥結を目指している。今年中には,インドを含めたベスト解としてのRCEP16での妥結,あるいはセカンドベストとしてのRCEP15での交渉妥結があり得るだろう。今回は,東アジア経済統合におけるASEAN中心性について考えてみたい。

 筆者が以前から論じているように,ASEANにおいては,経済統合の政策的特徴が広域の経済統合枠組みの整備を求める。しかし広域枠組みへ埋没する危険が,常に自らの経済統合の深化と,広域枠組みにおけるイニシアチブの獲得を求める。ASEANにはこのような論理が働いている。

 従来ASEANは,AFTAを達成しAECを打ち出して自らの経済統合を他に先駆けて進めることと,東アジアの地域協力枠組みにおいてイニシアチブを確保することで,東アジアの広域枠組みへの埋没を免れ,東アジアの経済統合をリードしてきた。1990年代後半からのASEAN+3やASEAN+6の制度化という東アジアの地域協力の構築の際には,それらの地域協力においてASEANが中心であること,ASEANが運転席に座ることを認めさせてきた。たとえば2005年からの東アジア首脳会議(EAS)においては,ASEANが中心であるための参加条件を付けることができた。

 これらの状況の延長に,ASEANのRCEPの提案があった。世界金融危機後の変化の中でTPPが進められ,それまで日本と中国がぶつかって進展のなかった東アジア広域FTAの実現にも,大きな影響を与えた。2011年8月には日本と中国が東アジア広域のFTAを進める共同提案を行い,それに対応して2011年11月にASEANがRCEPの提案を行った。ASEANにとっては,東アジアのFTAの枠組みは,従来のようにASEAN+1のFTAが主要国との間に複数存在し,他の主要国は相互のFTAを結んでいない状態が理想であった。しかし,TPP確立の動きとともに,日本と中国によって東アジアの広域FTAが進められる状況の中で,ASEANの中心性を確保しながら東アジアFTAを推進するというセカンドベストを追及することとなったのである。

 ASEANにとってRCEPを実現することは,東アジア経済統合におけるASEANの中心性の維持に直結する。RCEPはASEANが提案して進めてきており,また交渉16カ国の中の10カ国がASEAN諸国である。そしてRCEP構築の動きがAECの深化を迫る。ASEANは,いくつかの統合への遠心力を抱えているが,更に経済統合を深化させていかなければならない。同時にASEANが経済統合の深化を進めるためには,ASEANとしての一体性を保持しなくてはならない。今年のASEAN議長国のベトナムにも期待がかかる。

 他方で,これまでASEANを巡る周囲の状況が,ASEANの中心性を受容してきたことも重要であろう。ASEANがRCEPを提案した背景には,日本が推してきたCEPEAと中国が推してきたEAFTAのどちらも支配的となることが難しい状況があった。それゆえにASEAN提案のRCEPが認められた。ASEANが東アジアの経済統合において中心性を維持し続けるためには,ASEANを巡る日本と中国の関係,あるいは日中米間の関係がバランスを保ちながら維持されていく事が必要であろう。その点が揺らぐと,ASEAN中心性の確保が難しくなるであろう。現在,東アジアでは政治的経済的に中国の影響力が大きくなってきている。中国の影響力の拡大やアメリカの政策転換と保護主義の拡大が,このバランスを崩す一因となる可能性も考えられる。

 しかしながら,ASEAN中心性を維持することは,東アジアの通商秩序の安定にもきわめて重要である。ASEANにとっては,更にAEC2025へ向けて自らの経済統合を深化させるとともに,RCEPを出来るだけ早く確立することが肝要である。

 RCEPの妥結は大きな意義がある。出来るだけインドを含めたベストのRCEP16での妥結が望ましい。ただし,インドが妥協できない場合には,セカンドベストとしてのインドを除いたRCEP15でのスタートが必要であろう。2019年11月の共同首脳宣言も,15か国による全20章の条文ベース交渉終了と法的精査開始の指示を述べている。RCEPを漂流させないためにも,またASEANの中心性を維持する上でも重要であろう。その際には,RCEP-1といった形で,これまでのASEANの統合の進め方に準じて,今後出来るだけインドが続きやすい形にしておくことが必要と考える。

 日本はCPTPP,RCEP,日本EU・EPAの3つのメガFTAを進めて,保護主義に対抗している。日本がASEANと協力して,RCEP交渉を妥結に導く事も肝要である。それはASEANの中心性と東アジアの通商秩序の維持,保護主義への対抗のためにも有益である。

【付記】東アジア経済統合におけるASEAN中心性に関しては,拙稿「ASEAN と東アジア通商秩序―AECの深化とASEAN中心性―」,石川幸一・馬田啓一・清水一史編著『アジアの経済統合と保護主義:変わる通商秩序の構図』文眞堂(2019年11月)も参照されたい。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1638.html)

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