世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1630
世界経済評論IMPACT No.1630

Brexit:FTA交渉の6つの注目点と今後の展望

平石隆司

(欧州三井物産戦略情報課 GM)

2020.02.17

 1月31日,英国はEUを離脱し,同時に12月末迄,政策決定への不参加を除きEU加盟時と全く同様の権利と義務を持つ「移行期間」入りした。Brexitの次の焦点は,EUとのFTAを中心とする将来関係の交渉と,移行期間の延長の有無だ(共同委員会が,2020年6月30日迄に1年か2年の延長を決定できる)。2月3日には英EU双方が交渉方針を発表,3月から開始される交渉を前に熾烈な前哨戦が繰り広げられており,以下6つの交渉の注目点の整理と今後の展望を行う。

 第一に,FTAの範囲と緊密度だ。英国は,財,サービス,投資を包括的に包含するCETA(EUカナダ包括的経済貿易協定)型を目指すが(財で関税ゼロ,数量制限無し,金融サービスや個人データも対象とする等,範囲と深さ両面でCETAを上回る),現状との比較ではEUとの関係は狭く浅いものとなる。関税同盟と単一市場から離脱するため,財貿易では原産地証明書を含む通関手続きが必要となり,金融分野も「強化された同等性認証」が精いっぱいで,単一パスポートには劣後する。EU大で事業展開する企業にとりリードタイムとコスト増要因だ。

 第二に,締結迄に要する時間と移行期間の延長だ。まず交渉期間だが,過去の包括的FTA交渉は合意まで3年はかかっている。批准の際には協定内容が,EUが排他的権限を持つ「単独協定」か,加盟各国と権限を共有する「混合協定」かも重要となる。単独協定の場合,欧州議会と閣僚理事会の可決で批准できる。しかし「投資家対国家の紛争解決手続」等を含む場合,混合協定となり,各国議会の承認も必要で,非常に時間がかかると共に成否も不確実だ。批准が容易な単独協定だとしても,英国は今年末迄のFTA締結を目指し,EU離脱協定法に移行期間の延長禁止条項を設けており,実質的交渉期間は僅か8か月しかない。

 第三に,交渉の形式だ。全交渉分野をカバーする「シングルアンダーテイキング(一括受諾)」方式を採るのか,交渉時間が限られる中,合意可能な分野で先行して協定を締結する,piecemealの「サラミ方式」を採るのか。

 第四に,Level Playing Field(公平な競争条件)を巡る対立だ。EUは,英国がEU市場へ他国を上回るアクセスを確保しながら規制緩和を進め「テムズ川のシンガポール」として競争力を高めるのを恐れ,補助金,競争政策,社会・雇用・環境基準,税制等におけるLevel Playing Field確保を要求する。一方英国は,EUの規制からの乖離を求め,「EUは日加等他のFTA締結国に厳しいLevel Playing Fieldを求めていない」と主張するが,EUは,「英国はEUとの距離的近接性,経済規模,相互依存関係の点で日加と異なる」と反論する。

 第五に,交渉の優先分野だ。時間制約下,交渉分野の絞り込みが必要となり,財,漁業権,金融サービス,個人データ保護等が優先的に交渉されよう。財と漁業権については,対EU貿易赤字と好漁場を背景に英国が交渉上優位にある。一方,金融及び個人データ保護については,EUに同等性評価と十分性認定の決定権がありEUが優位に立つ。

 第六に,EU以外とのFTA交渉だ。英国は,日米等とFTA交渉を同時に進めることで,EUから有利な条件の引き出しを狙う。一方,英国は移行期間中にEUのFTA締結国と後継FTAを結べなければ,当該国との貿易はWTOの最恵国待遇ベースへ移行を余儀なくされる。日本は英国の「グローバルブリテン」戦略下でFTA締結最優先国だが,日本にとっても年内の英国とのFTA締結は死活問題だ。

 以上を踏まえ,今後1年の時間軸で考えた場合,3つのシナリオが想定される。

(1)「移行期間が延長され包括的FTA交渉継続」

 英国は,6月30日ギリギリ,又はそれを越え秋口迄に(離脱協定の改正が必要)移行期間の延長を決定し,2020年末を超えFTA交渉が続けられる。移行期間の延長により政府,企業共,新環境への対応を十分に進めることが可能となる。

(2)「移行期間は延長せず,財を中心にベーシックなFTA締結」

 英国は,年末の「完全離脱」と経済的悪影響緩和の二兎を追い,対象分野を絞り交渉を集中的に行う。年末までに財を中心にベーシックな FTAが結ばれるが,積み残し分野は交渉が継続される。移行期間は年末に終了するが,交渉継続中ということで,EUは昨年No Deal懸念が高まった時に導入を検討した措置に倣い,様々な緩和措置をとる。

(3)「移行期間は延長されずNo Trade Deal」

 英EU共夫々のRed Line を譲らず,2020年末迄にFTAを締結できずに移行期間が終了,内外需の落ち込み等で景気はスタグフレーションに陥る。

 シナリオの蓋然性は,①先行き不透明感が高まる中,英EU双方に於ける金融市場の動揺や実体経済への下押し圧力,②英EUの産業界から政府へのロビー活動,③製造業に依存するイングランド北部・中部の「新しい保守党支持者」による,①,②への反応,④英保守党内のBrexitを巡る各派のパワーバランス,等に左右される。

 現状では,(1),(2)の蓋然性が高く,(3)の蓋然性は抑制されている。しかし,最終的着地点と経路について,2020年後半まで不確実性が高い状況が続くと予想され,上記要因に注目し時間軸を意識しながらシナリオ毎の対応を想定しておく必要があろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1630.html)

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