世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1626
世界経済評論IMPACT No.1626

日本は滅びるのか?

鶴岡秀志

(信州大学先鋭研究所 特任教授)

2020.02.17

 「識者の提言」で,「このままでは日本は滅びる」という話がしばしば登場する。21世紀に入ってからは,GDPで中国に抜かれ,ITでGAFAに負けて,電機はボロボロ,大震災以降頻発する地震台風などの自然災害,個人のGDPも下落,中高生試験コンペで世界順位が下る,博士に進学するものが激減という状況から,日本は最早三流国であり人口減少も止まらないのでこのまま沈没するという言説があらゆる分野から湧き出てくる。書店店頭ではこの手の本が売れるらしく東京駅周辺の書店には山積みで,経済学知識不十分の筆者の許にも日本にイノベーションを起こして復活する道筋を尋ねにくる方が増えている(大変ありがたい事だと感謝しています)。筆者は,浮浪者,乞食,屑拾い,孤児が上野駅や日本橋のデパート前に屯していた貧乏な時代に生まれて,「資源を持たない日本は勉強して知恵をつけるしかない」ということを聞かされて育った。高校時代に第一次石油ショックでノートが手に入らず,大学時代にも石油ショックでレポート用紙,グラフ用紙が購入困難になりレポート提出で苦労をしたことを思えば,遥かに豊かな生活を享受できる今日,「日本は滅びる」的言説はバブルの再来を願う年寄りの戯言かゴジラ映画の宣伝文句にしか見えない。最近,頓に日経が取り上げる博士進学者の減少は,同じ現象が世界で最も豊かになった70年代終わり頃の米国で生じていたことであり,工学部博士課程では留学生の割合が増え始めた。豊かな生活環境では苦労して工学博士(取得できるのは進学者の30〜50%と難関)を取得して立身出世など目指さない。果たして,明治から高度成長期まで博士の数が少なかったことが工業と経済の発展の障害になったという研究報告は見たことが無い。最近の博士減少憂慮の論調の根拠は一体何だろうか。単に教授連中の「手足」不足ではないかと勘ぐってしまう。日本の博士養成の問題点は,最近の出版物で鋭い指摘がされているのでご参照願いたい(十文字健著『独立国「日本」となるために必要なこと:令和の破壊的成長戦略』。アマゾンで購入可能)。

 年頭の日経新聞紙面や日経プラス10を始めとした経済番組で示された「2020年末株価予想」は,既に多くの「想定外」で揉まれている。このままでは著名経済人・評論家の予想が全滅になる恐れがある。元財務省官僚の高橋洋一氏やキヤノングローバル研究所の諸氏,その他の方々がかねてより指摘しているが,我が国の経済・金融分野の解説は数字に基づいた研究分析が軽んじられていることに加えて,メディアの上から目線,安倍首相嫌い,不勉強が絡まり合って妙な風潮を生み出している(と言いつつ,この「風潮」は計数処理をした判断ではありませんが)。株価や金利の説明でよく使われる移動平均は,計量分析ではなく傾向を表す数値処理方法であり,「過去がこうだったので」「この山とこの山が一致するので」という説明は横丁のご隠居レベルである。前出のテレビ番組で,新型肺炎の株式市場への影響について著名金融機関アナリストが「SARSの時がこれこれなので,新型肺炎の感染拡大は来週沈静化するでしょう」と1月最終週に断言していたことにはとても驚いた。いつから株屋が感染症専門家を差し置いて感染流行予測をするようになったのだろうか。それにツッコミをしなかったキャスターも完全に落第である。

 「地球が滅びる」と言って地球温暖化対策を声高に主張する気候変動会議COPについても,正しい報道をしない主要メディアのおかげで,皮肉にも我国経済が悪影響を被るかもしれない。中身の無い主張を繰り返すグレタ嬢をジャンヌ・ダルク再来の様に扱い,学習を否定することに疑問を抱かず,あたかも世界中の若者の意見代表の様に称賛し,COPが正しいという報道しかしない。ベトナム反戦活動のシンボルであったディランの真髄を取り除いた軽薄なデジャブである。テレビ解説者は,「科学的な内容はともかく,若い人たちの未来への懸念を喚起した云々」と上手に視聴者を丸め込む。大手メディアがプロパガンダ組織になりジャーナリズムをかなぐり捨てた。COPのおかしな点は,杉山氏が解説しているのでこちらを参照していただきたい(杉山大志,合理的環境主義者の視点,第8回,環境管理54(11),2018)。

 人類滅亡の原因とされる二酸化炭素排出,その中で一次エネルギー消費は,我が国では実質GDP比で35%減(1970-1990),10%減(1990-2010)とかなりの削減になっている(エネ庁,「海外における省エネルギー政策等動向調査概要」,平28/2/29)。米国はエネルギー原単位で22%(1970-2015)削減している。環境保護主張では最右翼のドイツはCO2排出量を27%(1990-2015)削減しているが,ここ数年は微増である。COPでドイツが狙っているのは「EU全体」でパリ協定の目標値を達成するという「ズル」である。再生可能エネルギーが全電力の約40%に達するので,これ以上,大量の二酸化炭素を発生する亜炭火力発電所のアイドリング運転を止めることができない。もし止めたらブラックアウトの恐怖に常時さいなまれるだろう。ドイツ単独で日米の掲げた目標(米国はパリ協定離脱したが)を達成することはほぼ不可能である。EU全体としてもCO2排出抑制の優等生である英国のBrexitが大きな痛手となるだろう。長期的視野で見ると,経済的要因により技術開発を含めて根本から努力を行った日米の方が複雑な計算式で切り抜けようとする欧州と比べて優れているのだが,メディアとその評論家は不勉強を恥じるべきである。

 主要国の産業を支えている自動車製造も欧州を持ち上げて日本を貶める言説の多さには陰謀説を疑いたくなる。MaaS,自動運転など欧州発のアイデアが賛辞されるが,車を動かす基本的な動力をHV,PHV,EV,FCVに転換する技術を持つ欧州メーカーは少ない。かろうじて,ドイツでバス,トラック,電車に燃料電池を使った輸送システムの実証が始まっているが,基本技術はカナダ発のバラードである。実質的にインチキ技術であったドイツのクリーンディーゼルへの集中が,他の技術の発展を妨げてしまった。数百馬力を生み出すガソリンエンジンは欧州製が良いのだろうが,日常生活では無用でありそもそも環境に優しくない。逆に,欧州はヤリス・ハイブリッドやノートeパワーを生み出せない。この事実を見ても「日本は滅びる」と主張するのだろうか。もしそうなら数字で示して欲しい。

 グレタ嬢の様なシンプルなメッセージは時として大きなうねりを起こす。しかし,歴史を省みると,ある一面だけ正しいシンプルなメッセージが流布された時,ヒットラーが生まれるのである。我が国は幾多の大災害や敗戦をくぐり抜けてきた民族であること思い出し,シンプルの裏には翼賛政治的なものを携えていることを改めて肝に命じる必要がある。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1626.html)

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