世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1613
世界経済評論IMPACT No.1613

台風19号と気候温暖化対策

田中素香

(東北大学 名誉教授・ITI 客員研究員)

2020.01.27

 長野,宮城,福島などで大河が決壊するなど各地に豪雨被害をもたらした台風19号の来襲はショックだった。治山治水の想定レベルをはるかに超える猛烈な台風だった。被災地は今なおそのダメージから立ち直れておらず,多数の世帯が仮設住宅暮らしを余儀なくされている。その前9月初めの台風15号もわが国の観測史上最強クラスで,千葉県を中心に甚大な被害をもたらした。台風19号の被災から今日まで,テレビやラジオなどのニュースは被災地の復興の様子を繰り返し伝えて,被災地に寄り添う姿勢をアピールしたが,対策への言及は少なかった。

 治山治水に新しい水準が求められており,国土強靱化計画が進むのは当然といえる。巨額の予算がつぎ込まれることになるが,それだけでいいのだろうか。

 台風凶暴化の原因を考えると,太平洋の海水温上昇によって台風が日本に接近するにつれて凶暴度を増した点を指摘しないわけにはいかない。あのクラスの台風が毎年日本に上陸すると考えるべきだとの専門家の意見もある。そうなると,わが国の地球温暖化対策を再検討する必要があろう。ところが,そのことに深く立ち入った報道はあまり目にしなかったように思う。

 わが国の地球温暖化対策は国レベル,地方自治体レベル,民間レベルのいずれをとっても欧米に遅れをとっている。それどころか,温暖化ガス排出を糾弾されている火力発電所を増やし,あろうことか,その大規模輸出を国が承認する方向にさえ動いている。12月15日に閉幕したCOP25(第25回国連気候変動枠組み条約締約国会議)に出席した小泉進次郎環境相は批判の矢面に立たされた。経済産業省は石炭発電を支持し,環境相と対立したというのだが,双方をまとめるのは首相の役割だ。2つの省の対立を放置して,小泉大臣に恥をかかせたのは首相の罪になるはずだ。後述するケースのドイツ政府は,国連に国の代表が出席する際に,メルケル首相を中心に関係閣僚会議が徹夜で方針をまとめた。

 ヨーロッパでも近年,熱波,洪水,渇水,異常気象が頻発している。将来を懸念する若者たちのデモが広がり,西欧諸国で環境保護政党(グリーン)の支持率が上昇している。19年5月の欧州議会選挙ではグリーン政党(緑の党)がドイツで第2位に躍進,英仏両国でも得票率3位となった。ドイツでは次期首相は緑の党党首との予想も出ている。

 各国は「パリ協定」で,平均気温上昇を工業化以前と比べて2度,できれば1.5度以下に抑えることで合意し,長期低排出発展戦略を定めている。ただ,COP25は合意に至らず,次の会議まで先送りとなった。しかし,台風15号,19号のことを考えると,日本としてこの問題に手を打たないわけにはいかないのではないか。

 2016年の二酸化炭素排出量は世界全体で323億トン,中国28%,アメリカ15%が1位,2位,インド,ロシアが続き,日本は5位で3.5%,2.1%のドイツが続く。日独は原発依存度を低めたが,その分化石燃料依存度が高くなっている。国民一人当たりの排出量では,アメリカ,韓国,ロシアと続き,次に日本,ドイツが来る。

 ドイツ政府は19年9月,向こう5年間で6兆円を投入する政策パッケージをまとめた。2030年に温室効果ガスの排出量を1990年比で55%削減をめざす。達成の方法は第1に課金,第2にインセンティブである。

 ドイツ政府は灯油やガソリンの消費に課金をかける。ガソリン車を運転すると,CO2排出量に応じて運転者が費用を払う。つまり,燃料代の値上げだ。航空機に乗ると,航空税をとられる。2026年から石油暖房は禁止される。電気暖房への転換を促進するために,暖房効率引き上げのための家屋改修には補助金を支給する。こちらはインセンティブの方である。

 フランスではマクロン大統領がCOP絡みでガソリン税を引き上げたところ,車に依存する地方居住者の激しい反対運動,「黄色いベスト」運動の洗礼を受けて,大統領自ら地方で住民との対話会を重ね,予算増額によって貧しい人たちに手当てする方策を採用して運動は沈静化した。環境税とベーシック・インカムを組み合わせる手法で対応できるメドが付いた。いずれにせよ,ドイツでもフランスでも,個人レベルのライフスタイルの転換までを要求されるのである。

 アメリカではトランプ大統領がパリ協定から離脱し,石炭規制を緩めたりしているが,カリフォルニア州などが州レベルで対応し,また民間企業も事業に必要な電力を再生可能エネルギーでまかなう活動に積極的に参加し,投資家もそうした企業への投資を増やすなど,州レベル,民間レベルの対応が進んでいる。

 日本政府は19年6月脱炭素社会ビジョンを閣議決定した。1930年に13年比26%,50年に80%削減というのだが,方法は曖昧,実現性に問題があると専門家は指摘している。実際,個人に痛みを迫る厳しさも欠けていて,欧米の対応を見ると大きく見劣りがする。こんな調子で台風19号のような異常気象への対策に政府が責任を持っているといえるのだろうか。有効な政策パッケージに改善しなければならない。野党も圧力を高めるべきだ。

 温暖化ガスを出さない原発については,福島原発事故により,非常に多くの原発が稼働していない。福島の事故を踏まえて,原子力規制委員会の安全審査は非常に厳しくなっていて,それに合格すれば,稼働させるべきだ。それにより,火力発電所の増設を抑えることも可能になる。だが,ここでも政府は腰が引けている。合格となった原発の稼働の許可を県知事など地方自治体の長に委ねたままである。選挙のことを考慮すれば稼働承認に腰が引けるのは当然のことだ。地元住民の同意も重要ではあるが,脱炭素社会化は国政策として不可欠だ。原発稼働の決定は国家的見地から政府が動くべきだろう。

 日本政府がきちんとした政策パッケージを作成し,民間の企業や国民にも必要な対応を啓発し,実行するのが第一段階。次には日本近海の太平洋の海水温上昇に関わり,また台風被害も受けている中国,韓国に働きかけて,共同で対応することが不可欠だ。

 やるべき作業は多方面に広がり,払うべきコストは大であるが,たじろぐわけにはいかない。国土強靱化計画だけで対応できるような事態ではない。それだと,おそらく期待外れに行き着くだけであろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1613.html)

関連記事

田中素香

国内

日本

最新のコラム