世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
米中貿易戦争が終わるか
(獨協大学経済学部 教授)
2020.01.13
中国の輸入品に対して,関税引き上げ第4弾発動予定直前の2019年12月12日に,トランプ大統領はツイッターで,続いて13日に中国政府も米中貿易交渉第1段階の合意が達成すると発表した。合意内容の詳細はまだ分からないが,一部の報道では,⑴中国が米国からの輸入を2年で2000億ドル積み増す,⑵中国による知的財産権の保護,⑶金融サービス市場の開放,⑷人民元安誘導の制限——などが盛り込まれたそうである。どうもトランプ大統領が当初強く求めていた国有企業補助金廃止などの構造改革の内容が消えたようである。
米中貿易戦争は一段落したようである。当然,“第1段階”の合意だから,終結した意味ではない。その成果はどうであろうか。
(1)中国が米国からの輸入を2年で2,000億ドル積み増すだけは,もし合意の内容が本当であれば,かなり具体性のある,目で見える内容であるように思われる。一方,中国は,その見返りとして,12月15日に予定していたスマートフォンや玩具などの中国製品1,600億ドル相当に対する新たな関税の発動の見送り,すでに発動した中国製品1,200億ドル相当に課している15%の追加関税率の半減などのメリットを受けることになるそうである。中国政府が要求した追加課税の撤廃は実現しないものの,確実ですぐ実現する成果が収められたと思う。
(2)中国による知的財産権の保護について,中国政府は前から知的財産権の保護に努めると表明し,実際にも力を入れているので,新しい内容だとは思わない。
(3)金融サービス市場の開放については,米中貿易戦争開始後の2018年4月と19年7月,中国政府は既に2回にわたって金融サービス市場開放の内容とタイムスケジュールを公表した。
(4)人民元安誘導の制限については,人民元の最適相場はもともと意見が分かれる分野であるし,人民元安誘導かも議論されるところである。実質的な意味合いは疑わしい。
このように,米中貿易戦争第1段階の成果として,貿易戦争のきっかけである米中貿易不均衡の是正が挙げられたと言えるであろうか。
中国税関の統計によれば,昨2019年1月から11月までの中国の対米貿易黒字は去年の2,935.0億米ドルから2,725.5億米ドルへ209.5億ドル減少したが,その内訳を見てみると,対米輸出は前年同期(4,381.7億米ドル)比12.5%減(△545.8億ドル)の3,835.9億米ドル,輸入は同様に1,446.7億米ドルから23.2%減(△336.3億ドル)の1,110.4億米ドルであったことが分かる。
これを米国から見ると,貿易戦争による対中貿易赤字は減少したが,貿易赤字の減少(209.5億ドル)より対中輸出減(336.3億ドル)の方が大きいという勘定になる。必ずしも満足のいく結果とならなかった。他方中国側から見ると,貿易戦争は対米輸出入双方の縮小をもたらした。対米輸出減は勿論経済のマイナス要因として働き,報復措置による対米輸入減も中国経済に痛手を与えた。対米輸入主要品目はハイテク製品,特に農産物など価格弾力性の小さい商品であるため,国内食品(豚肉,大豆)価格急騰の要因にもなったからである。
ここまで考えたら,1年以上続いた米中貿易戦争は何のための戦争なのか分からなくなってきた。しかし,この戦争の成果はゼロではない。今後2年間,中国が米国からの輸入を2,000億ドル積み増す望みは残っていることは,目に見える成果として,これから第2段階の交渉を行うことは目に見えない成果としてトランプ大統領は胸を張って再任の選挙に臨むのであろう。
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