世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1585

英国総選挙結果と霧晴れぬBrexit劇の行方

平石隆司

(欧州三井物産戦略情報課 GM)

2019.12.23

 12月12日に投開票された英下院選(議席数650)は,保守党が365議席と,改選前比67議席増,野党に対するWorking majorityは87と,1987年以来の地滑り的勝利を収めた。一方野党は,労働党が203議席,改選前比40議席減と1935年以来の惨敗,Lib Demが11議席,同9議席減となった。一方,スコットンランド独立を掲げるSNPは47議席,改選前比12議席増と躍進した。

 保守党大勝と野党惨敗の背景には3つの要因が存在する。

 第一に,Brexit方針の明確さの違いだ。選挙の最大の争点はEU離脱だったが,国民投票から3年半後も離脱が実現できない現状に絶望し“Brexit Fatigue”が広がる離脱派に,ジョンソン首相は“Get Brexit Done”と明確なメッセージを提示した。保守党は従来の支持層に加え,労働党の地盤であるイングランド北部・中部を切り崩し,離脱派票を全国的に獲得した。一方野党は,コービン労働党首が党内の離脱派と残留派の狭間で曖昧な方針しか示せず,Lib Demの掲げる「EU離脱の一方的撤回」は,国民投票の結果を無視するものとして残留派の間でも賛否が割れた。

 第二に,与野党の選挙協力の成否だ。英国民が離脱派と残留派に真っ二つに分断される中で,離脱派政党間の選挙協力がBrexit Partyによる保守党への片務的協力ながら機能したのに対し,残留派政党(労働党も含む)間の選挙協力はLib DemとGreen等,小政党間に止まり,労働党とこれら政党間で残留派票を奪い合い保守党を利することになった。

 第三に,コービン労働党首のリーダーシップへの疑念だ。同党首はマルクス主義者と揶揄され,水道,鉄道等の再国有化や法人税や富裕層への増税は,企業や富裕層から嫌われ,残留派の相当数がコービン政権回避のためLeast Worstとして保守党への投票を選択した。また,選挙戦中には,反ユダヤ主義者として英国ユダヤ教正統派から激しい批判を受けた。

 これで,ジョンソン首相がEUと締結した「修正離脱合意」案が滞りなく批准され,2020年1月31日に英国はEUを離脱,EU加盟時と変わらぬ事業環境が保証される「移行期間」入り(2020年12月末迄だが,2020年6月末迄に1年か2年の延長を選択可能)することが確定した。今後の焦点はEUとのFTA交渉及び,移行期間の延長の有無に移るが,2つの事を押さえておくべきだ。

 第一に,ジョンソン首相の求心力が高まり,政策のフリーハンドを獲得したことだ。メイ前政権時代から影響力を行使してきた,No DealでのEU離脱を辞さないスパルタンと呼ばれる20~30名の超強硬な離脱派の制御が可能となる意義は大きい。

 第二に,ジョンソン首相は2020年12月末までにEUとCETA型の「包括的FTA」を締結・批准すると主張するが不可能だ。スコーピングやEUの交渉方針採択等を考えれば交渉開始は3月にずれ込む上,批准作業に2か月程度要するため,実質的交渉期間は僅か8か月だが,過去の例では包括的FTA交渉に3~5年は必要だ。

 今後1年の時間軸では,以下の3つのシナリオが想定される。

  • (1)「移行期間は2年延長され包括的FTA交渉が継続」。ジョンソン首相は,EU離脱による経済的悪影響を最小化すべく,財・サービス・投資等を含む包括的FTA締結を目指す。FTA交渉継続のため,移行期間の延長禁止条項を廃止,2年間の延長が選択され,2020年末を超えてFTA交渉が続く。
  • (2)「移行期間は延長されず,財を中心とするベーシックなFTAを締結」。ジョンソン首相は移行期間を延長せずとのマニフェスト遵守を重視し,時間的制約下でFTAを締結すべく,財を中心に分野を絞り込んだベーシックなFTA締結を目指す。英・EU双方の譲歩によって辛うじて2020年末の移行期間終了迄にFTAが締結・批准される。
  • (3)「移行期間は延長されず,“No Trade Deal”の秩序無き離脱」。(2)同様,移行期間が延長されずベーシックなFTAが目指される。ただし,英・EU共それぞれのRed Line を譲らず,2020年末迄にFTAを結べず,経済は大混乱に陥る。

 シナリオの蓋然性だが,①英EU共景気が前年比1%強に低迷しており,追加的な経済的ショックは回避したい,②保守党が新たに獲得した支持基盤イングランド北部・中部は製造業に依存し,No Trade Dealに極めて脆弱,③英国は離脱協定の国内法への落とし込みである「EU離脱協定法」案に移行期間の延長禁止条項を加えるが,これはFTA交渉での主導権確保を狙った瀬戸際戦術であり,状況に応じジョンソン首相の決断があれば法改正は困難ではない,④離脱協定における6月末という移行期間延長期限は絶対不変ではなく,双方の合意の下修正可能,等を考慮すると,(1)の蓋然性が最も高く,これに(2)が続き,(3)は最も低く抑制されている。

 もっとも,(1)の場合でも条件闘争のため,ジョンソン首相は6月末の延長期限ぎりぎりまで決断を引き延ばす筈であり,不透明感は期限へ向け大幅に高まる。(2)の場合は不確実性が極めて高い状況が年後半の交渉妥結まで続き,No Deal対応のコンティンジェンシープランに資源が浪費され設備投資の減少が長期化する。

 保守党大勝と来年1月末の離脱実現は,Brexit 劇の序章の終わり,始まりの終わりに過ぎないことを認識し,引き続き状況変化に応じた柔軟な対応を心掛ける必要があろう。

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