世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1561

After GAFA

鶴岡秀志

(信州大学先鋭研究所 特任教授)

2019.12.02

 11月16日にアルファベット(Google)がFitbitを21億ドルで買収することをWSJが報じた。一週間後の24日に日経が日曜日の業界情報的「オムロンの手首用血圧計の小型化」を報じる記事の最後数行で軽く報じた。日経の技術に対する不勉強は25日(電子版は24日)のナノ炭素の記事を含めて最早絶望的なレベルであるが,他の主要メディアは取り上げていないので五十歩百歩である。裏腹にWSJはFitbitの件を重大なニュースとして速報した。Fitbitの中心商品は腕時計ベルトの中に組み込まれたLEDによる心拍数測定だが,個人データ集積していることに価値がある。この技術はサムスンのギャラクシーS10,iWatch,ファーウェイのスマホにも組み込まれている。しかし,LED式は数値処理法の論文があるものの,原理的に誤差が大きいので所謂「おもちゃに毛の生えた」程度である。既に公知の難易度の低いガジェットなので商品付加価値の訴求を目指して乱戦模様,猫も杓子もLED心拍計組み込みになってきている。このLED心拍計は心臓を含めた循環器系の疾病を探知する心電(ECG)を測定する器具ではない。

 Googleの狙いは非常に明確である。e-Hospital構築のためのガジェット(モノ)取得にほかならない。日本でも死亡原因の15%を占める心疾患は,心電の常時モニタリングが実現すればかなりの割合で予防治療が可能である。加齢とともに増加する心疾患をIoT技術活用で,AIで遠隔監視・診断できるようになれば日々の生活で安心感が増す。そして予防診断により,病床・高額治療を減らすことで保険の支払い削減にも繋がり,我国を含めた各国予算の最大課題である医療費削減に大きく寄与することは経済財政の専門家諸兄ならば容易に想像がつくことと思う。スポーツジムで健康増進を図るだけでも地域医療費が節約できることから,心電常時モニタリングによる経済・財政へのインパクトの大きさを理解できるだろう。

 例として,極端なe-Hospitalを想定する。アラスカに設けたサーバーでスマホを介して,北海道の会員に対してAIによる常時モニタリング診断を行い,疾患が予想される人を事前に札幌や旭川等の拠点病院に呼び出して治療や助言を行う。緊急の重病が予想される場合は航空搬送で移送する。殆どの場合,軽微な治療となるので緊急航空搬送を保険に組み込んでも医療費全体でかなり削減可能であることが想定できる。結果的に,医師と看護婦の不足に対処し,一方で薬剤・入院の支出が抑えられるので国家財政を救うことにもなる。このビジネス規模は,世界的に見ればGAFAの比ではないことは主要国の医療費から考えればサルでも分かる。

 今の所,Googleが「おもちゃに毛の生えた」ものに21億ドルも払うことに対して,さすがにいかがなものかという論評がほとんどである。しかし,技術的に見るとその論評は的はずれである。まず,心電測定とデータ解析は確立された技術である(EXCELでも可能)。リアルタイム,On-Lineで信号を送受信する技術は現在の4Gでも十分可能なIoT技術である。ところが,高血圧や不整脈の治療を受けた方はご存知と思うが,肝心の携帯装着型装置は記録装置が付属しているので重く大きく装着には不快な器具である。また,センサーチップは主に塩化銀なので,接触改善のために食塩入りの導電ペーストを使わなければならず,金属アレルギーと共に肌荒れの原因になり常時装着は勘弁願いたい代物。なお,黒鉛型チップもあるが感度が悪くあくまで代用品である。つまり,ヒトとAIのセンシング・インターフェースの良いものが無い。そのために,「おもちゃ」程度であっても個人データ収集とビッグデータ解析インフォマティックスでe-Hospitalビジネスを立ち上げようとGoogleが判断したのだろう,というのが多くの解説記事の結論である。

 e-Hospitalのもう一つのターゲットは,糖尿病とその予備軍である。我が国だけでも,患者数は2018年の厚労省の国民健康・栄養調査では1000万人を超えている。血糖値常時モニタリングと即時AI解析フィードバックが可能になれば,多くの人が救われ医療費も大幅な削減が可能になるだろう。なお,現在の装着センサーは剣山みたいな針の束を皮膚に「触れさせる」タイプである。痛そうである。

 肝心要の非金属センサーチップは,2010年頃からナノ炭素を活用する研究が数多く論文として報告されている。しかし,いずれも研究室レベルのものであり実用に耐えるものは報告されていない。他方,日本の伝統繊維産業由来の合成繊維糸を銀コーティングしたセンサーを,東レを始めとした繊維大手や大学・研究機関が心拍,発汗,健康度評価用として発表したが,空気中の銀の安定性,汗による劣化,低い洗濯耐久性等で商品化したものでも結果的に挫折している。つまり,ナノ炭素を用いたセンサーチップを量産化できればGAFAを超えるe-Hospitalが実現されるのである。さらに,度々発生して痛ましい事故になる運転・操縦中の急病のモニタリングにも応用できるのでかなり応用範囲が広い。

 米英中とイスラエルが虎視眈々と狙っている常時モニタリング予防医療ビジネスであるが,我が国でこれを推進することは敵わない。国内数兆円を超える医療機器・病院ビジネスシンジケートが自らの利益権益維持のために,いかなるベンチャーに対しても厚労省と一体になって潰しに来るだろう。度々筆者が指摘しているが,我が国の技術イノベーションを拒む最大の壁は,秀才の集合体である優秀な守旧的「前例重視」組織なのである。このままでは,再び海外勢に美味しいところを持っていかれるだけである。

関連記事

鶴岡秀志

国際ビジネス

科学技術

最新のコラム