世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1549
世界経済評論IMPACT No.1549

中国人民銀行(PBOC)ヒアリング調査

岩本武和

(京都大学公共政策大学院/経済学研究科 教授)

2019.11.25

 中国の2019年第3四半期の実質経済成長率は6.0%と発表され,四半期統計としては過去最低水準となった。このことの要因の一つは,米中貿易戦争よる収益悪化で,新規投資・採用が抑制されていることである。しかし,最大の要因は,依然として解決しない不良債権問題と,中国人民銀行によるデレバレッジ(債務削減)政策にある。

 少し前のことになるが,今年2月に,筆者を含め同じ研究チームの5名(アジア太平洋研究所[APIR]のプロジェクト)で,中国人民銀行(PBOC)およびアジアインフラ投資銀行(AIIB)へのヒアリング調査を行ってきた。紙面の関係上ここではPBOCへのヒアリングの概略を記録しておきたい。

【PBOCの金融政策】2018年以降中国経済は,米中貿易摩擦という外的要因と,インフラ投資の伸び率の鈍化という内的要因という2つの要因から,困難に直面している。

 このような状況下でPBOCが果たすべき責務は以下の2点である。第一に,PBOCは,一般的な金融情勢および財務状態と経済成長,安定的経済成長および安定したインフレ率の一致を望んでおり,この基本的姿勢はずっと継続されている。第二に,「構造的金融政策」と呼ばれ,日本銀行やヨーロッパ中央銀行から教訓として学べる国内外の問題へのいくつかの対応策を講じている。それらの第一は,民間企業,特に中小企業や農業を支援するために預金準備率の引き下げである。第二は,経済への財政支援拡充,例えば,中期貸出制度,また2019年1月には,標的型中期貸出制度(TMLF)を導入して民間企業および中小企業へのテコ入れを行ったことである。第三は,銀行に対する担保条件の変更であり,2018年からは,中小企業や民間企業が発行した少額の社債も受け入れている。最後は,PBOCの易綱(Yi Gang)行長が発表したとおり,陰りを見せている分野または民間企業や中小企業の支援を2018年下半期に進めていくというものである。

 いわゆる「新常態」への対応としての金融政策について言えば,確かに中国経済は減速しているものの,ITやサービス業等の戦略的分野には,急速な成長を期待している。しかし,それらの分野における成長スピードは十分なものではなく,また鉄鋼業やインフラといった従来堅調であった分野も勢いを失っている。すなわち,成長率の鈍化と構造的変化が同時に起こっているのが,新常態の姿なのである。2015年以降PBOCは,このいわゆる新常態に,対応策を講じてきた。対応策の方針は,現在の金融政策方針と全く同じく,一に慎重,二に金融政策,最後に対外環境の継続的安定である。

【アメリカの金融政策変更がPBOCの金融政策に及ぼす影響】もちろん,多きな影響をも及ぼす。これについて,PBOCの金融政策部部長と共同で執筆した論文をPBOCのウェブサイトに掲載した。その論文において,資本フローの抑制策について,2通り説明している。その一つは,資本移動の規制強化であり,PBOCは資本移動の規制強化を好むときもあれば,それほど厳しい資本移動の規制を好まないときもある。二つ目に,近年,資本移動およびクロスボーダー融資のマクロプルーデンス措置を実施している。

【人民元レート,特に過度の人民元高や人民元安による影響】全くの杞憂に過ぎない。というのは,過度な人民元高,人民元安や,その期待の大きな揺れも起こらないからである。問題は,そのスピードである。PBOCの為替レートに対する基本的な理念は,人民元の価値が市場原理により決定されることを望むというものである。

 PBOCの為替レート決定方法ついては,『金融政策報告書』で詳述している。人民元の基準値に景気変動抑制の要素を組み入れ,人民元の為替レートを決定するメカニズムに関しては,ウェブサイトで情報を公開している。例えば,今この部屋には10人の人がいて,皆さんそれぞれが銀行だとする。人民元の基準値の算出には,われわれ10行におけるレートの平均値の計算,およびPBOCまたは中国外貨取引センターに報告された10行のレートと他にいくつかの要素を考慮して算出される。

 変動幅は上下2%だが,今ここで話をしているのは,基準値についてである。われわれは,基準値が設定されている変動相場制を採用している。人民元基準値は,上記のように,レートの平均値である。算出の際に考慮する要素は複数あり,貿易通貨,景気変動抑制要素と呼ばれているもの等々である。PBOCは大きな効果を生み出しており,国外だけでなく国内の投資家にも,市場の透明性は確保されている。(続く)

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1549.html)

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