世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1531

ルール,イッパッ〜ツ

鶴岡秀志

(信州大学先鋭研究所 特任教授)

2019.11.04

 人間集団の病は緊急事態発生時に露見する。10月12日に関東と東北を襲った台風19号で発生した神奈川県山北町での小事件は,我国の停滞(ある人々は沈没という)の病巣をマスコミネタとして明示してくれた好例である。TV各局と新聞の報道によると,山北町長が陸自駒門駐屯地に断水予想を伝えて給水準備を要請したら横浜の神奈川県庁から待ったがかかり,結局,町民は5時間以上,断水が発生していたにもかかわらず目前の給水車から給水を受けられなかったとのことである。県庁と県知事は,事後にマスコミに糾弾されると自衛隊連絡員との連携がどうのこうのと言い訳をしたが,10月16日,BSフジ・プライムニュースに出演した河野防衛大臣が県側の説明内容を否定した。この出来事は,進行中の危機的状況に煩わされず定められたルールを金科玉条として遵守し,多数の住民が直面する問題の解決を後回しと判断し,事後の批判に一方的説明で対処という,役人の模範的行動事例として記録されるだろう。

 台風19号災害直後の日経ビジネスが「さびつく現場力」という特集を組んだ。同誌は日本の技術力低下を憂う視点から問題提議をしたのだが,前述の神奈川県山北町の一件は特集で掲げられている問題の底流をなす「堅固にさび付いている現場」という,日本を覆う空気を端的に顕したケースである。神奈川県は,あくまでもルールに則って判断したと主張した。公務員なので,当然,法令に従わなければならないし,共産党系組織活動の活発な地域の公僕として憲法9条に反する武力集団である自衛隊の出動は慎重であらねばならないという思いもあったのだろう。しかし,もし当該ケースが給水車でなく堤防溢水を応急修理する重機やダンプだったらどうするのか。この小事件から予想すると,神奈川県庁は5時間後に堤防決壊で大災害になってもルールに従ったので責任はないと言いはるのだろう。国家を始めとして市町村役所の最重要業務は住民の安全を図ることであるが,これと矛盾する言い訳を恥と思わない感覚が蔓延している。阪神淡路大震災の際にも政治的ドグマと緊急事態を天秤に掛けることで首長と首相の自衛隊災害派遣判断が遅れた教訓が未だに生かされていない。言い訳はたくさん出ているが,コンビニの対応よりも数時間遅い判断など論外である。今回も,10月12日にすぐ南側の箱根町が記録的な豪雨であったことを顧みれば県庁の判断はサルでも分かる程に非常識であった。麻生幾氏の「宣戦布告」(1998年,講談社)で取り上げられている我国の抱える防災を含めた安全保障脆弱性問題を一顧だにせず,前例を踏襲するだけの態度を自ら恥じることが窺えない。錆びつく現場は企業の衰退を招くが,錆び付いた公僕は国を滅ぼす。

 役所や大企業では不祥事やマスコミの突き上げがあるたびに,法令,省令,通達,甚だしくは不受理を含むサジ加減基準,企業では社内規則というルールを次々に追加して,極端な話,箸の上げ下げまでコンプライアンス遵守となる。省庁の公的研究助成金は民間の感覚から見ると奇妙なルールが多々存在する。例えば研究Xに関係する学会がLAで月火に,研究Zの学会がAnaheimで水木に開催されるとする。各々の研究を別々の名目で予算を獲得している場合,東京からLAに出かけ一旦東京に戻り,再度Anaheimに出張しなければならない。国内外を問わずこのルールが適用されるので時間と費用の無駄なのだが,「ルールなので」の一言で片付けられる。現場管理者は上からの通達を遵守するだけで判断基準は自らの責任回避が優先,下には事細かにあれこれ言うのに,お上であるJST/NEDO等に異議を唱えることを行わない。助成金の使い込みなどが発生する都度に付帯条項が増加する。現在のルールでは予算執行の細目が細かく規定されていて,研究開発進捗の途上で予算執行内容を変更することは容易ではない。パソコンを購入してはいけない,装置修理費用を計上してはいけない等,常識的に考えたらオカシイことが羅列されている。創造性やイノベーションを奨励すると大声で唱えながら,役所は益々研究開発者の活動を制約する。公的資金を適正に執行せよという建前は良いのだが,年度末になると実績を維持して翌年度の予算削減を回避するために予算消化を推奨することは公共事業と全く同じ。研究開発の土台が全く変わらない,むしろ悪化しているのに斬新なイノベーションを考えろと言うのは,竹槍で戦車に立ち向かえと命令した帝国陸軍と同じである。現場を省みることなく机上で判断する態度は帝国陸軍と現在の霞が関/虎ノ門は全く同じである。斬新なイノベーションは答えが用意されていないので,最低限,踏ん張れる土俵を用意しなければ若者やベンチャー中小企業は日本から海外へ逃げてしまうだろう。

 国立大学や国研に比べると自由度が高い企業の技術研究開発も,いつの間にかハーバード流とかでプロトコール化,3年以内のリターンがなければプロジェクト中止,と言う具合である。日経ビジネス電子版10月8日「なぜ現場力はさびついたのか,識者はこう考える」で,有名な方々の論評が掲げられているが,既に他出して一般化された内容であり,わざわざ掲載するほどのものではない。業績を成したからこそ得られる至言を掲載しなければ失礼に当たるのではないかと思う。均質であること,時代遅れ,経営が現場を見ていないという高校生でも言えそうな陳腐で平凡の誹りを免れない総括は,むしろこのコラム担当者と編集者を指すのだと厳しく警告する必要があるだろう。有名人を使うという前例踏襲,無難さを狙っただけである。本来,機先を制する分析と議論を世に問うことが本分である日経でさえも耐え難く錆び付いているという,我国の現状を象徴するような特集である。

 戦後,マルクス経済学が知識人の常識になり,革新=左翼が長らく続いてきた我国では革新=イノベーションにパラダイムシフトすることは容易ではない。異質を包含するイノベーションは社会主義の言う平等とは対局に位置する。ルールばかりを増やして統制を強める現在の風潮はブレーキとアクセルを同時に踏むようなものである。Puffyが90年代前半に歌った様に,人々は「これショーミな話,…子供だまし」(「夢のために」詞:奥田民生)と感じている。

 ラグビー・ワールドカップでEnglandは斬新なTacticsを編み出してAll Blacksを粉砕した。ラグビーはルールが単純明快なので新戦法を生み出す余地があると各国の解説者が分析した。「ルール,イッパーツ」ではなく「ファイト,イッパーツ」で頑張れるようになって欲しい。

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