世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1481
世界経済評論IMPACT No.1481

欧州統合の境界線と最終目標の欠如:ベノア教授によるEU統合の失敗要因

瀬藤澄彦

(パリクラブ日仏経済フォーラム 議長)

2019.09.16

 ベノア教授が指摘するEU統合の失敗要因に挙げた先の三つ(本サイト8月26日付No.1459及び9月9日付No.1474)に続いて,4番目に挙げた「統合欧州の境界線とその最終目標を明確に位置づけられなかった」点を考察してみたい。

曖昧な欧州の地理的空間の定義

 第4番目の誤りは第3番目に密接に関連するが,欧州の国境,すなわち欧州の地理的な範囲に関する議論はこれまで欧州の同一性やその制度の最終的な終着点に関する議論と同様に曖昧なままにされてきたことである。このような意思決定の欠如が欧州統合のプロジェクトをすべて迫力のないものにしている。どうもユーロ官僚の不安というのは欧州連合の発展を地理的に明確な範囲内に押し込めてしまうことからきているようである。かつてフランスの首相ミッシェル・ロカールやIMF専務理事だったドミニック・ストロス・カ-ンなどは,北極からサハラ砂漠まで地理的に拡大していく巨大地域圏の多文明空間を想定していた。そこでは欧州連合は欧州と欧州でないところの違いを否定することによって,結果として欧州の存在理由を無視することによって,欧州が国際政治の表舞台で十分な役者として登場することを放棄していることになってくるのである。

 欧州の国境は歴史と地理によって規定されてきた。その範囲は,西は大西洋沿岸,北は北極圏域,南はボスフォラス海峡,東はロシアの影響圏の地域という風に定められることが多い。欧州は,もし多極化した世界においてその役割を演じたいのならこのような領土的枠組みにおいて統合を考えていくべきである。その段階で近隣諸国とは特別なパートナーシップ協定を調印していくことは排除するものではない。しかし,その境界線に関する議論もないままの現状というのは,まさに最終目標の議論もないようなものである。すなわち,欧州が大自由貿易圏になるのか,強力な政治経済大国になるのかは,その2つの構想に応じて違った国境線を引くことになる。前者の場合はトルコの加盟,後者の場合はトルコを排除することになろう。

 今,欧州で統合について深刻な反省,どのような選択肢がありうるのか論じられるようになってきた。このような統合そのものに関する反省,批判,疑念の意見は勿論,発足当初からなかったわけではない。それどころかマーストリヒト条約案や欧州憲法法案についての国民投票は,賛成は際どく,反対で再投票を余儀なくされることが多かったのが実態であった。しかし,今日の状況はかなり深刻で欧州統合の改革案は当然であるが,それ以上に現行の統合体制の矛盾や機能不全を批判告発する意見,あるいはもっと根本的に第2次大戦後にスタートした時点からの選択そのものが過ちを犯してきたのではないかという深刻な反省も見られるようになってきた。フランスの財務経済大臣ブルノ・ルメールの近著「新たな帝国」はまさにそのような警告の書である。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1481.html)

関連記事

瀬藤澄彦

最新のコラム