世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1465

ポリシー・スペースの開発哲学:ダニ・ロドリックの斬新な視点

宮川典之

(岐阜聖徳学園大学 教授)

2019.09.02

 前回の本コラム(6月7日付,No.1389)でトルコ系学者のアセモグルの分析視角について述べたが,今回は同じトルコ系のロドリックのこれまでになかったユニークな視点を取り上げてみたい。

 わが国においては,『グローバリゼーション・パラドクス』(2014)および『貿易戦争の政治経済学』(2019)など翻訳文献によって知られている。ロドリックの存在に筆者が最初に注目したのは,いまから20年ほど前になる。とある学会の懇親会にて,ラテンアメリカ経済のエキスパート故西島章次神戸大学教授(当時)との立ち話で,開発論の分野においてロドリックの論点がたいへん面白いということで意見が一致した。それはロドリック特有のバランス感覚にあった。前世期末に起こったアジア経済危機が世界各地に波及する中で,あらゆる次元で自由化を唱えるワシントン・コンセンサスがついに終焉を迎えようとしていたときだ。ロドリックは早くから市場原理一辺倒でもなく,国家主導のほうに偏るのでもなくいたって平衡感覚に優れていた。たとえば当時のかれ独特の表現を借りるなら,「(新自由主義全盛時は)あらゆる次元で価格を修正せよという方式が一般的だったのに対して,いまでは(新制度学派が興隆してくると)制度を正しく方向づけよ」という文言に,その一端は見出される。

 さてここでやや視点を換えてみよう。開発論の分野に限ってのことだが,第二次世界大戦後の主流は構造主義経済学であり,輸入代替工業化が当時の途上国一般の共通の題目であった。それは戦後から1980年ごろまで続いた。1980年代になって,ラテンアメリカにおいて債務累積問題が火を噴く。それを機に新自由主義経済学が興隆し,1990年代のワシントン・コンセンサスに結実する。そして世紀末にアジア経済危機が起こり,世紀が変わりそれが尾を引く中で新興国家群BRICsがにわかに注目されるようになる。とくに中国の存在が圧倒的だった。じつは一次産品ブームもそれと並行して起こったといえる。中国による工業化熱が,世界各地の一次産品に対する需要を喚起したのだ。いまから振り返ると,かのポピュリスト,チャベスによって主導されたヴェネズエラもその一連の流れの中で踊らされたのだった。やがてそうした俄か景気もアメリカ発の金融危機の勃発によって,さらにはEU後進国の財政危機の発生によって暗雲が立ち込める。そうした中でひとり中国のみが一帯一路戦略とアジアインフラ投資銀行(AIIB)創設を提唱するにいたる。しかもそうこうするうちに中国の中間層はすでに1億人を超過するまでとなり,アメリカや日本など主要国まで中国経済の存在に振り回されるようになっている。

 世界経済のこうした一連のできごとと並行して,経済開発思想の大幅な転換が迫られることとなった。すなわちビッグアイディア——開発の共通方程式として輸入代替工業化もしくはあらゆる次元での自由化政策の勧告など——ではなくて,各国や地域に見合った政策の採用(つまりポリシー・スペースの確保)が妥当性をもつという考え方だ。もとよりこれには,その国に適合する産業政策の採用も含まれる。

 現在ロドリックは,開発論の分野では,一国の経済成長の阻害要因を追求して政策対応しようとする「成長診断派」として知られるようになっている。つまり各国は自国の成長に寄与するような政策を独自に案出すべきだと主張する。それをロドリックは,ハリネズミとキツネの寓話にたとえる。危機が迫ったときハリネズミは全身に針を立てるというやり方一辺倒であるのに対して,キツネは状況に応じて対応の仕方をいろいろ変える。言い換えるならそれは,市場原理にすべてをゆだねるやり方に固執するのではなくて,臨機応変な政策対応を考えるようにするとよいということなのだ。それには中国の開放経済型工業化政策(経済特区方式),いずこかの途上国の軽工業重視政策,および日本の中小型航空機製造計画なども包摂され,より包括的性格をもつ。

 ロドリックの開発政策論はかなり実践的であり具体性を有しているので,ジョセフ・スティグリッツやジェフリー・サックスらと並んで,なんらかの開発課題を抱える国ぐにから開発政策アドヴァイザーとして引っ張りだこだという。

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