世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1441
世界経済評論IMPACT No.1441

欧州統合深化より統合欧州帝国論の時代:独仏協調路線に赤信号

瀬藤澄彦

(パリクラブ日仏経済フォーラム  議長)

2019.08.05

マクロンの「欧州ルネサンス」構想に域内から反発

 現在の欧州連合はその組織を牽引していけるダイナミズムを欠いている。最近,フランスの経済財政大臣の書下ろし新刊書「新しい帝国~21世紀の欧州」(LE NOUVEL EMPIRE L’Europe du vingt et unième siècle)(仮訳)において大臣自ら「欧州統合は歴史上はじめて崩壊の危機に瀕している」と驚くべき認識と告白をおこなっている。

 G20大阪サミットで合意済みであったEU首脳人事はEU首脳会議で紛糾,長丁場のトップ人事選びには後味の悪いしこりが残った。ヴィセグループ(Vicegroupe)として知られる東欧4カ国(ポーランド,チェコ,スロバキア,ハンガリー)とポピュリスト政権のイタリアの反対がこれまでになく根強く,選挙名簿の筆頭者グループの政党欧州会派(“spitzenkandidat”)の候補者に反発し,EU委員長候補の取り換えになってしまったことによって,独仏と他のEU加盟国関係にこれまでにない緊張が走った。混迷の目立つ最近の欧州連合の情勢を鋭く反映するものであった。すでに2018年後半のEU予算審議やEUユーロ圏改革を巡ってもすでにこれまでになくEUを牽引する独仏2カ国は意見の隔たりが目立っていた。

 マクロン大統領は2019年3月5日,「欧州のルネサンス」と題する声明でその中央集権的なEU共同体統合の指導色の濃い考えを発表した。ところがこの提案は余り評判がよくない。チェコのゼマン大統領の反応は極めて厳しい。「マクロン提案は魅力的だが全く現実離れしている。前から気になっていたが,要するにフランスの提案はいつも更なるフランスの利益を全面に出すものである。それぞれの加盟国は歴史も経済水準もその期待するところもみんな違う。我が国は他の国が他の国に命令するような欧州統合には反対する。EUではまず前もって考え方を議論すべきである。税制や賃金の面で平等にするのに過度の圧力をかけることには反対だ。同じルールの統一されたEUには反対だ。同じ税制にも反対でその問題は自分たちで処理する」と明白にマクロン構想を否定した。

 さらに「BrexitはEUの脅威でなく,むしろEUそのものの機能不全の結果から出てきたものである。EUは共同市場の経済統合に集中すべきで,共通の難民避難政策には賛成できない。我々の国に外国人が入国することは我々が決める。ウクライナから数千の難民が到着した時,労働ビザと法的居住資格を与えて対処した」と反論している。

CDU新党首カレンバウアーの独の国家主義優先発言

 現在の危機の兆候は「友好国」ドイツからもっと厳しい意見が出てきたことである。3月9日,CDUキリスト教民主連合党首アンネ・クランプ=カレンバウアー(AKK)は3月10日付けのWelt am Sonntag紙で彼女自身の欧州統合の考えを披露,マクロンの構想をはっきりと次のように批判した。共通の欧州国境警察だけは賛成だが,他は全部反対である。EUは率直に権限の垂直的分担を尊重する補完性の原則,個人の責任とそこから派生する義務に基づく制度を基礎に据えるべきである。それを尊重しない欧州の中央集権的な方向性となる「欧州覇権主義」,欧州的連邦国家主義,債務の欧州加盟国の共同体化,社会保障・最低賃金システムの欧州化などはいずれも好ましくない方向だ。いかなる大国もひとつの欧州のために回答や解決策を独自に用意できるものではない。欧州連合の重要な原則においては各国政府間の協調に対していかなる上下序列関係はあってはならない。国民国家なしに欧州統合の「ルネサンス」再建はあり得ない。民主主義的な正統性や人々の同一性を規定するのは国民国家である。

 このようにハンガリーもドイツも自国主義を臆することなしに主張している。これはマクロンが就任後間もない2017年9月26日ソルボンヌ大学で行った演説「ヨーロッパのためのイニシャティブ」に見られた欧州連邦主義や,今年の3月の「欧州ルネサンス」構想で示された欧州規模の覇権主義にある「欧州会議」構想にそれぞれ反意を表明したものである。政府間協議方式よりもさらに後退した国家主義方式を全面に出したものである。

 AKKはフランスと平和と安全保障のために欧州連合の役割を強化するために欧州規模の航空母艦の建造を提案した。これにはしかしひとつ重大な歴史的問題がある。1940年代末と1950年代に成立した戦後処理の妥協のなかでドイツは軍事的な航空産業を保有することなく,米国の口添えと了解によってしか軍事的な航空機の保有を許されず,それに反しフランスは戦勝国側の特権として軍事的航空機を育成発展させることを認められていた。タブーとされていた合意事項に言及し異議を唱えたものに近い。

独仏両国は離婚などできないが,よき伴侶になる必要がある

 マクロン大統領の提案するEUの防衛分野における集団的決定するための欧州安全保障理事会設立提案に挑戦するかのように,AKKは国連の安保理の常任理事国のEU議席の新設案を持ち出し,暗にフランスの安保理の議席を欧州連合議席として共有化を提案したのである。Huffington Post紙の指摘するようにこれはパリをもっとも苛立たせる提案であることは前から分かっていたドイツの考えである。事実,メルケルは「フランスが国連の欧州連合議席について警戒していることはよく知っている」とコメントしている。欧州連合統合についてもAKKはストラスブールにある欧州議会をブラッセル一カ所に取りまとめて統一する考えを披露している。AKKは敢えてフランスとの不協和音を背負う姿勢を見せながら,ドイツとしてはフランスの国家主権にかかわる国際的な特権を横目で睨み続けて警戒を怠っていないとしているのである。勿論,戦後秩序において経済面以外の領域で,現状ではドイツが欧州のパートナー国との間で歩み寄りできることは余りにも限られており難しい。

 AKKによればドイツは経済領域で多くの譲歩を重ねてきた。DIE WELTによればマリオ・ドラギ総裁でさえもドイツ人の危惧する面があるとする。AKKによれば今こそ,フランスは政治的譲歩をするときがフランスにやってきたと言う。これに対してマクロン大統領が,今度はドイツが180度違う路線を打ち出す必要に迫られているのではないかと言及した発言にAKKが反撃したものである。2019年1月23日のアーヘン(エクスラシャペル)条約は仏独の歴史的和解に大きく貢献した1963年のエリゼ条約の基盤の上に立って,フランスとドイツの間で一段と収斂を進めるという新しい目標をめざすとともに,両国が21世紀に直面する課題に立ち向かう準備をするためのものであった。しかし,その条約締結時の講演においてマクロンはドイツの財政や貿易の過剰な大幅な黒字を除去するよう,緊縮一辺倒の経済政策を修正すべきと発言した。一昨年来の不協和音に加えて独仏関係はこれまでにない一種の緊張関係にあると言っていい。両国は離婚などできないが,よき伴侶になる必要がある。時とともに夫婦の関係はよくなっていくが,本当は逆だ。ユーロの混乱失敗がそれを物語っている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1441.html)

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