世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1438
世界経済評論IMPACT No.1438

安全貿易管理実務は大変な作業です

鶴岡秀志

(信州大学カーボン科学研究所 特任教授)

2019.08.05

 外国為替及び外国貿易法(外為法),輸出貿易管理令(貿易管理令)において,韓国への輸出手続きをホワイト国扱いから通常に戻す変更について,貿易管理令に対する無知による論評が溢れている。NHKのNC9や日経プラス10でも変なコメントが語られたことは嘆かわしい。このような我国や西側諸国の国防に関わる問題に関して,上から目線の憶測だけのコメントは控えるべきであろう。今後も信頼されるマスコミで有り続けるために,しっかり勉強と理解をしてから発言をして欲しい。

 安全貿易実務に携わっているのは商社実働部隊やメーカー海外営業・法務担当者という人々に限られるのと,内容が専門的なのでほとんどの国民は安全貿易管理(安貿)を知らないだろう。そのため,偏見から生じる意見が頻発することも致し方ない部分もあるが,韓国の主張するファンタジーに寄り添った世論誘導のようなコメントは願い下げである。輸出入管理の法令については,元経産省官僚の細川昌彦氏が丁寧に判りやすく説明してくれているので本稿では言及しない(日経ビジネスネット版にも掲載)。ここでは,今回の騒動でほとんど語られていない,安貿企業実務のあらましと技術流出防止の管理に触れる。経済動向分析等と異なり,作業指示書の様で退屈な文章であるが,お付き合い願えれば幸いである。

 安貿管理作業の流れは次のとおりである。まず,輸出管理対象とは,貨物(モノ)に加えて関連する技術,ノウハウ,個人/法人が含まれる。モノと技術はすんなり頭に入るのだが,見過ごされることが多いのは個人である。個人とは国民ではなく,我国にある一定期間以上「居住」(外為法25条で6ヶ月)する人々を指す。言い換えると,ある一定期間未満しか国内に居住しない日本国籍を持つ個人は輸出管理令の対象となる。海外在留者に社内会議等で情報を開示する時に注意なければならない規定である。しばしば問題になるのは,海外赴任中に一時帰国した日本人の同僚に,政令で指定されている特定貨物を,赴任先に戻る際に海外支店に携行して持っていってもらおう,という場合である。携行であっても特定貨物の場合は許可が必要なので,筆者の勤務した商社では,この行為は厳しく禁止されていて,必ず手続きを経た上で別便で送付するという手順を履行していた。また,個人で違法行為となるのは,国内事業所で保管する情報,特に設計図や製造方法説明書等を海外に持ち出す行為である。幾つかの事件が摘発されているが氷山の一画と言われている。米国では,規制対象技術の場合,自らの論文作成資料を海外に持ち出すことも禁止されている。一時期,電気業界で流行っていた,土日だけ韓国や中国へ行って技術指導を行う行為も安貿の対象になる。

 具体的作業は,上記のモノとその情報について貿易管理令別表一という経産省の政令と省令をまとめた一覧と照らし合わせることである。ニュースでも言及される「キャッチオール規制」は,「16項貨物・キャッチオール規制対象品目表」を参照して検討を行う。この中には何故と思うような「63類,中古衣料品・ボロ」のようなものが対象に含まれている。更に,米国商務省の輸出規則,特に再輸出規則(EAR)に抵触しないかを確認しなければならない。EARは日本の貿易管理令よりも厳しく,多くの貨物と技術が規制対象であり,米国の法律では米国領土外の違法行為も罰することができるので細心の注意が必要な作業である。日米の輸出管理規則についてのチェックが終了したら,日米の企業リスト(懸念企業および個人の一覧)を参照して,商談相手が懸念先でないことを確認しなければならない。このリストには大学や公的な研究所が含まれるので,企業だけではなく大学や研究所のチェックが必要な作業となる。毎年,このリストは更新され官報に掲載されるが,追加変更が煩雑に行われるので絶えず日米の政府のホームページをチェックする必要がある。我国は大学・研究所を良心的集団とみなすが,海外は,大学が軍事技術開発拠点であることは普通なので,この際,考えを改めるチャンスとして捉えるべきであろう。最近は,もともと日本の企業であっても実質的に懸念先国家や地域の会社や個人,あるいは軍隊の所有になっている場合がある。そのため書類やホームページを使用してチェックするだけでなく,実際に相手先を訪問することが肝心である。

 このような煩雑な手続きを行っても怪しい部分が残る場合には経産省の実質外郭団体である安全保証貿易情報センター(CISTEC)へ相談を行うことになる。ここで解決すればよいのだが,更に経産省に判断を仰ぐ場合もある。なお,ホワイト国であってもこれらの手続きを省くことはできない。多くのコメンテーターは,ホワイト国に対する輸出管理手続きがほとんど必要ないかの如く解説するが,細川氏の説明を今一度,吟味してから発言しないと混乱を招くだけである。

 上記の一連の手続きを行った上で,特に化学品の輸出に関しては輸出対象貨物だけではなくそれを運ぶための容器・梱包材料も規制対象になっている場合がある。安全かつ確実に輸送を行うために,危険物規則,劇物取締法等の法令に則った容器や包装が求められる。モノによっては特殊容器を使用するので,この特殊容器が安貿上の特定の貨物に該当してしまうことも少なくない。当然,空き容器や梱包資材は回収するので,輸送中の盗難,横流しを防ぐ手段を講じることも必要となる。容器を製造する技術も重要であることを忘れてはいけない。

 半導体チップはかばんに入れて運べる。チップを組み込むためのマウントやコネクター類も我国の得意とする製品で,航空宇宙用のワイヤハーネス,コネクターは安貿対象貨物である。このように,貿易実務は搬送するための容器や周辺機器,仕向先とその中間に入る業者の素性まで確認しなければならないので煩雑で骨の折れる業務である。特に化学品は,汎用材料でも毒ガスや爆発物製造に転用できるものが数々あるので横流し被害を被ることが有り神経が休まらない。

 貿易実務の煩雑さと管理の重要さを感じ取っていただければ幸いである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1438.html)

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