世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
決められないEU政治が世界経済のリスクに:欧州議会選挙で二大会派勢力は過半数を割り込む
((公益財団法人)国際金融情報センター ブラッセル事務所長)
2019.06.10
5月23−26日に5年に一度の欧州議会選挙(第9回目)が実施された。今回の投票率は,51%と過去最低だった前回(43%)を大きく上回った。財政規律や移民・難民政策を巡る親EU派とEU懐疑派の対立構造が有権者の関心を高めた結果と考えられる。今回の選挙の結果,7月2日に始動する新議会における勢力は細分化されることとなった。新議会では立法提案に対する方針集約等が難しくなると予想される。EU懐疑派の議員が重要な委員会の議長や重要法案の責任者(rapporteur)に就く確率も高まった。重要な法案審議等で適時に明確な方向性を示せなくなれば,EUの民主的正当性を支える欧州議会の存在感が低下することにも繋がりかねない。
欧州委員会が5月に公表した最新の経済予測によれば,19年におけるEU全体の実質GDP成長率は,1.4%と直近の予測(同1.5%)から更に低下する見通しである。欧州委員会は,経済の減速に伴い,イタリアの債務残高は更に増加するとも予測している。翻って,銀行同盟のような域内の連帯強化を通じて金融・財政危機への耐性を強化する試みは,まだ道半ばである。こうした状況の下で,EUの意思決定機能が麻痺するようなことになれば,地域の不安定化を通じて,世界経済に対するリスクとなる。
今回の選挙で,中道右派・欧州人民党グループ(EPP)および中道左派・社会民主進歩同盟グループ(S&D)という親EUの二大会派の合計議席数が初めて過半数を割り込んだ。もっとも,リベラル系会派の欧州自由・民主同盟グループ(ALDE)および仏共和国前進の連携勢力(ALDE+ルネサンス)ならびに2つの環境系会派はいずれも親EUである。このため,親EU派勢力全体では,案件毎に連携することによって,議会の過半数を確保できる。
一方,EU懐疑派は,国家と自由の欧州(ENF)共同代表のサルビーニ伊同盟党首がENFに新興の極右政党を取り込んだ新会派・人民と国家の欧州同盟グループ(EAPN)の結成を4月に公表した勢いの中で躍進した。他方,保守・極右系会派の欧州保守改革グループ(ECR)は英保守党の低迷等を背景に大きく議席を減らしたほか,ポピュリスト会派の自由と直接民主主義の欧州グループ(EFDD)も,伊五つ星運動が苦戦した結果,小幅の議席増にとどまった。この結果,3会派合計でも全体に占める比率は選挙前の21%から24%(暫定値)に上昇した。
選挙前は3割に届くとの見方が多かったことを踏まえると,予想された程の増加ではなかったと言える。EU懐疑派勢力の伸長が予想よりも小幅にとどまった理由としては,①BrexitがEUから出ることのリスクを有権者に意識させたこと,②選挙直前にドイツ,オーストリアなどで極右政党のスキャンダルが相次いで発覚したこと,などが挙げられよう。
会派勢力が細分化されたことは,議会の運営を不安定にする。ALDEは,これまで概ねEPPやS&Dに同調した投票姿勢を取ってきた。もっとも,今後リベラル政党の仏共和国前進と合流すると目されていることから,フェルホフシュタット代表と共和国前進党首のマクロン仏大統領の間で主導権争いが顕現化すると予想される。会派内のパワーバランスが変わることにより,一体性が損なわれる可能性もある。
環境系会派は,案件に応じて,EPPやS&Dと異なる立場を取ることもあると予想される。気候変動抑制の観点から炭素税の導入を提唱していることなどに鑑みると,ビジネスを重視するEPPと対立する局面も出てくるであろう。加えて,親EU派勢力の要となるべきEPP内にすら,フィデス=ハンガリー市民同盟(Fidesz)のように,明確にEU懐疑色を出し始めた政党もある。
他方,EU懐疑派勢力についても,極右政党等は基本的に自国中心的な行動をとるため,一枚岩とは言えない。特に,難民問題を巡り各国の極右政党が負担の平準化で折り合うような展開は想像し難い。
なお,Fideszは,EPPからEU懐疑派会派への転籍を検討している模様である。同党が今回の選挙で12議席獲得したことを踏まえると,今後の会派再編の動きが議会の勢力図を変える可能性もある。
欧州議会選挙は共同体レベルの選挙であるものの,この結果は幾つかの加盟国で政局に大きな影響を与えている。加盟国政治の地殻変動は,EUサミットや閣僚理事会での対応を通じて,EUに跳ね返ってくる。
ドイツでは,連立政権の片翼を担うドイツ社会民主党(SPD)が国内第三位に転落した。同日に同党の牙城とも言えるブレーメン州の州議会選挙で惨敗したこともあって,ナーレス党首は党首を辞任した。党内には連立政権に加わったことで党の存在感が薄れたとの意見が根強い。このため,今秋の東部ザクセン州等における地方選挙でも敗れることになれば,同党は下野を選択するとの観測が強まっている。
メルケル首相が所属するキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)は,17年の連邦議会選挙の後,自由民主党,緑の党との連立交渉に失敗し,SPDと大連立政権継続で漸く合意した。仮にSPDとの連立が解消した場合,新たな連立相手を見つけることは引き続き容易ではない。連立交渉が難航すれば,メルケル氏による早期の首相辞任や連邦議会の解散・総選挙に繋がる可能性も出てくる。
イタリアでは,EU懐疑派政党が与党という共通点を持つハンガリーやポーランドと並んで,EU懐疑派勢力の勝利が特に色濃く表れた。EAPNの中核である与党・同盟は,28議席を獲得し,国内第1位となった。サルビーニ同盟党首(副首相)は,他国の極右勢力等との連携では期待した程の成果をあげられなかったものの,国内では勢いを示すことに成功した。選挙の2日後に減税の必要性を早速訴えるなど,財政規律の遵守を求める欧州委員会との対決姿勢を強めている。
一方,もう一つの与党・五つ星運動は,国内第3位に甘んじた。同党はポピュリスト的手法を掲げて18年3月の総選挙で最大政党となった。しかし,同盟との連立政権発足後は目立った成果を出せず支持率が低下しており,2月にもサルディーニャ島の首長選で敗退する等,党勢の衰えが目立っている。このため,サルビーニ氏は,議会の解散・総選挙を早晩求めるのではないか,との憶測が生じている。
スペインでは,S&Dに属する社会労働党(PSOE)が少数与党として18年6月から政権を運営してきた。しかし,19年度予算案を巡ってカタルーニャ自治州の地域政党から閣外協力が得られなかったため,PSOEのサンチェス首相は,2月に議会の解散に踏み切った。4月に実施された総選挙において,PSOEは,第一党としての足場を強化することに成功した。こうした勢いが今回の選挙でも国内最多議席の獲得に繋がった。この結果は,現在進んでいる組閣作業にも影響を与えると思われる。
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