世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1376

文系大学教育への提案:大学生のキャリア教育と新卒採用を考える

熊倉正修

(明治学院大学国際学部 教授)

2019.06.03

 ここ数年,筆者は大学のゼミで,学生たちに黒井千次著『働くということ-実社会との出会い-』(講談社現代新書)という本を読んでもらっている。出版されてから40年近く経ち,時代遅れになってしまった部分もある本だが,くり返し版が重ねられてコミック版まで出版されているところを見ると,今日のサラリーマンの心にも響くところがあるのだろう。この本を読むと,仕事というものが若者が想像するよりずっと大きくて奥の深いもの(あるいは始末に負えないもの)であること,その中に身を沈めて何年ももがき続けないとその姿が見えてこないものであることが分かってくる。

 しかしこの本を読んだ学生の中には,「ビンと来なかった」「何が言いたいのかよく分からなかった」という感想を漏らす者が少なくない。それは私の学生たちが鈍いからでは(必ずしも)なく,働き手としての実体験をほとんど持たない者が,この種のことを紙の上だけで理解しようとすることにそもそも限界があるからだろう。文系の大学生が卒業後に出会う仕事の多くは,学校の勉強と直線的につながっているような秩序だったものではない。大卒であろうがなかろうが,むしろ自分が丸裸であることをいったん認めた上で,一から経験や能力を積み上げてゆかねば務まらないものなのでないだろうか。

 それが正しいとすると,アカデミックな大学教育の大枠を維持しつつ,その周囲に出島を作るような形でキャリア教育科目を増やしても,その効果は疑問である。それではどうしたらよいだろうか。

 筆者は,そもそも大学教育が一律に四年間である必要があるのか,学習意欲の乏しい若者をむやみに大学に進学させることが本当に望ましいのかといった疑問を抱いている。しかしそうした疑問に目を瞑り,現行の大学のしくみを大きく変えないことを前提とした場合でも,文系の大学教育を現在より学生と社会の双方にとって望ましいものに近づける道はありそうである。その一つの方法として筆者が提案したいのは,思い切って最終学年(四年次)を丸ごと企業や官公庁のインターンシップに充て,実質的にそれが入職一年目になるようにしてしまうことである。

 一年間フルタイムでインターンシップを行う場合,おおむね1,800時間ほど働くことになる。これを大学の単位数に換算すると40単位になるので,卒業単位数の約三分の一を外部インターンシップで取得できることになる。2017年に実践的な職業教育を行う専門職大学の制度が作られたが,そこで義務付けられている実習も40単位である。しかし職業別に細分化された専門職大学は入学前に卒業後の進路を決めることになるので,いつまでも決断を先送りしたがる日本の若者にはアピールしないだろう。

 文系の大学生が卒業後に就く仕事の多くは,四年間も職業訓練を受けないと入職できないようなものではない。したがって一部の特殊な分野を別とすると,文科省や大学が自前で大がかりな職業訓練プログラムを作るより,学生に自由に学外で実習を行わせ,それを卒業単位に算入させるほうが合理的である。ただしこうしたしくみは大企業が関心を持たない底辺の大学だけが導入しても機能しないので,すべての大学に対してその導入を検討することを求めるとよい。各大学が現行どおりすべての単位を学内で履修して卒業する道も残しておけば,学生たちはどちらが賢明かを考えて合理的に行動するだろう。

 上記のしくみは雇用側にとって大きなメリットがある。現状では,企業や官公庁が優秀な大学新卒者を終身雇用以外の形で雇い入れることは難しい。しかし大学最終年次のインターンシップであれば,雇い主は終了時に永続雇用に切り替えるか否かを判断することができる。インターンであっても正社員と同じように慎重に選考しておけば,雇止めのオプションがあっても多くの企業は継続して雇用することを選ぶだろう。

 学生たちにとってはさらに大きな利点がある。しばしば大卒者の三割が三年以内に辞めると言われるが,その多くは一,二年目に人間関係に悩んで退職している。一年間のインターン期間中に雇主と学生がお互いをよく観察し,雇主が本採用のオファーを出すときに最初の配属と業務内容を明示する慣行が定着すれば,そうしたミスマッチ退社を大幅に削減できるはずである。

 ただしこのインターンシップは立派な就業なので,労働法を厳格に適用し,最低賃金を超える報酬を支払うよう義務付けるべきである。また,極端な長時間労働も禁止するほうがよい。それでも企業にとっては伸びしろのある若者を早くから比較的安い賃金で雇い入れることができ,学生も一年早く経済的に自立できる。インターンシップの名目で学生を使い捨てる企業が出ることを心配する人がいるかも知れないが,学生たちも馬鹿ではない。インターンを受け入れた企業に彼らのうち何人を本採用したかを公表するよう義務付けておけば,悪質な企業はすぐに学生を集めることができなくなるだろう。

 大学は,四年次に外部インターンを行う学生の授業料を大幅に減免するか,少額の在籍料を徴収するていどにとどめるべきである。これは学生やその保護者にとってきわめて大きな負担減になる。ただし1〜2か月に一度くらいは学生たちをキャンパスに呼んで経験を共有させたり,困難に陥った学生の相談に乗ったりすべきだろう。最初の職場でうまくゆかなかった学生に対して,もう一年在籍させて別の企業でインターンを行うことを支援してもよい。インターン中の学生が後輩にアドバイスをするしくみを作れば,お飾りのようなキャリア教育より大きな啓発効果があるかも知れない。

 大学教員の多くは,こうしたしくみによって大学教育の一部が就労に置き換えられてしまうことに抵抗するだろう。しかし冷静に考えてみてほしい。現状でも,真面目な学生ほど就職活動前にできるだけ多くの単位を取得しておこうとするので,実質的な大学教育は三年間になってしまっている。四年次がインターンシップに切り替わると三年次までに取得しなければならない単位数が大幅に減少するので,大学が開講しなくてはならない科目数も減る。それに乗じて少人数教育や討論型の授業を充実させれば,かえって教育の効果が高まるかも知れない。

 学生たちが四年次にインターンに出るためには三年次に「インターン就活」を行う必要があるが,筆者はそれが問題だとも思わない。現状でも,意欲ある学生ほど早くから学外活動やインターンシップに参加して腕を磨いている。企業がそうした学生を優先して採用したいと考えるのは当然であって,それを一律の就活ルールによって制限するのは合理的でない。

 そもそも経団連が自分たちで作った就活ルールの廃止を打ち出したのは,自分たちが自粛している間に外資系企業やベンチャー企業に優秀な学生を青田買いされることに耐えられなくなったからだろう。しかし現行の四年制大学のしくみを温存したまま雇主が学生に内定を出す時期だけが早まると,内定と入職のインターバルがどんどん長くなり,学生が宙ぶらりんの状態で過ごす時間がますます増えてしまう。それならいっそ四年次に本気で働き始めるほうが双方にとって合理的ではないか。

 大学生の中にも自由な時間が短くなるのは嫌だという人が多いだろうが,今日の日本は空前の人手不足である。その中でいつまでも大学に閉じこもっていることが許されるのは,本気で学問に打ち込む意思を持つ者だけだろう。それ以外の学生は,一年でも早く社会に身を投げ出し,自分の力で生きていける力を身につけるべきである。そうした若者のうち(ごく)一部は何年か働いたのちにもっと学びたいという希望を抱くだろうが,大学はそうした人々をこそ両手を広げて迎え入れるべきであり,そうした意欲を持たない若者をいつまでもキャンパスに縛り付けるべきでない。

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