世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ILC誘致,千載一遇の機会を逸して良いのか:政府初めて関心表明も議論継続で結論先送り
(東北文化学園大学 名誉教授)
2019.03.18
暦はまた3月11日が巡り,東日本大震災から8年目に入った。千年に一度あるかないかの大きな被害からまだ復興途上にあるが,被災地の東北地方にとって復興と地域創生が期待されている国際科学研究プロジェクトがある。ILC(International Linear Collider)という線形の超大型次世代加速器を岩手,宮城両県にまたがる北上山地南部に建設する夢を育む計画で,ISS(国際宇宙ステーション)や南極観測に匹敵するといわれる。2013年に候補地とされ翌14年以降日本学術会議が検討を重ねて来た所見を踏まえ,政府の誘致意向決定が最終段階を迎えていた。すなわち,3月7日に都内の東大で開催されたICFA(国際将来加速器委員会)とLCB(リニアコライダー国際推進委員会)の合同国際会議で,昨年末までの期限が先延ばしされて日本政府の意向が表明される段取りであった。
文部科学省はこの日政府見解として初めてILC計画への関心を表明し,引き続き国内の関係機関との検討を続け海外の関係機関や外国との協議を行うとして,最終的な誘致意向はまた先送りとなった。国内では省庁を超えた議論や国家プロジェクトを決めるマスタープランとしての検討が挙げられ,海外では日米政府間で行われているコスト削減研究を独仏両国に広げる方向も示された。また,欧州の次期素粒子物理学戦略(2020〜2024年)の検討状況を踏まえるとされるが,これに日本政府のILC誘致決定が間に合うかどうか,経費負担の用意ありとする米国や独仏と協議に入るのかどうか定かではない。
こうした玉虫色の政府見解に対して地元の東北地方では一歩前進と安堵し歓迎する評価がある一方で,日本に対する欧米の期待感が政府の意向先送りで低下するのではないかと困惑している見方も少なくない。今後も政府への働きかけや議論が続いて期待感は高まる見通しだが,多額の建設費や運営費手当て等難題が多く楽観はできない現状である。
ILC誘致プロジェクトは,建設候補地を抱える東北地方では良く知られ住民に馴染みがあるものの,全国的には認知度が低く広く国民に知られてはいない。地元紙の岩手日報や河北新報にはILC誘致専用のバナーがあってニュースは頻繁に掲載されているが,全国紙には報道されることは稀で専門家以外ではほとんど知られてこなかった。しかし,このプロジェクトは日本が国際的に見てこれまで優れた業績を残し競争力もある分野で,ゆえに日本で建設し指導力を期待されている背景から,日本全体の関心がもっとあってしかるべきと考えられる。政府の意向表明が最終局面に入ってから関係機関の働きかけが目立ち,遅きに失したもののようやく全国紙の報道が散見されるようになった。
ILC計画は学術分野では素粒子物理学に関係し,湯川秀樹博士以来ノーベル賞受賞者が日本で最多で国際的にも実績を誇っている分野である。日本の加速器関連産業は競争力を有し,ヒッグス粒子の存在を突きとめたCERN(欧州原子核合同研究機構)の円形型加速器LHCでは日本の機材が使われ,日本の研究者も活躍している。日本のいわば得意領域で日本でのILC建設が国際的に要請されている背景は他に類似の計画が見当たらないだけに,科学技術立国を目指す日本全体にとってもっと評価されてしかるべきであろう。東北地方にとっては,域内に類似の大規模プロジェクトはなく,ILC計画は東日本大震災からの復興を図り将来の新たな地域創生に資する期待のいわば千載一遇の機会である。誘致を実現する上で課題は多いが,このまたとない機会を逸してはならないとの思いが強い。
こうした思いを受けて,今年に入ってから産官学の一体となった政府に対する働きかけが強化されている。東北ILC推進協議会を中心にセミナーやPR活動を展開し,県知事をはじめ地域代表が上京して文部科学省や政府へ誘致表明を求めている。2月13日には誘致候補地周辺の11市町議会が,また20日には日本経団連,経済同友会,日本商工会議所の経済3団体が初めて連名で政府に誘致意向を求める声明文を発した。
このプロジェクトはまた小中高の子供達が出前授業やセミナーで学んでいて,2月19日には岩手県内のILC推進モデル高校が盛岡市で初めて交流会を開催,ILC受け入れに必要な環境整備やPR策等を発表し積極的に係る姿勢を示した。産官学一体となった取り組みや未来の担い手の子供達も係わり夢を育んでいる計画として,これに勝る事例は今の日本にはなかなか見当たらないといわれる。とすれば,時間的な余裕は限られるものの,政府の積極的な議論の継続に注視し日本初の国際科学研究プロジェクトILC誘致の早期決定を心待ちしたいと思う。(3月12日記)
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