世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
メキシコの壁を巡る攻防は,トランプの失敗か?
(Global Issues Institute CEO)
2019.02.25
2019年2月14日,米国上下両院は,予算案を通過させた。その中には国境警備強化のための予算が,トランプ大統領がメキシコ国境との壁建設のために求めていた57億ドルではなく13億7500万ドルしか盛り込まれていなかった。しかしトランプ大統領は,昨年末から30日以上も続いた政府閉鎖に対する批判に配慮して,その予算案に署名。その代わりに国家非常事態を宣言し,軍の建設予算や違法薬物対策予算等を付け替えて,およそ80億ドルの予算を国境の壁建設に使う方針を示した。これは民主党等から今後,訴訟等を起こされる可能性がある。
この件に関しては,米国でも日本でも,トランプ大統領の立場を弱体化させる彼の失敗と報道するメディアが多い。しかし,そうだろうか?
例えばThe Hillが2月14日に配信した“Winners and losers in the border security deal”でも同様のことが書いてある。そして今回の攻防のお陰でペロシ下院議長の党内での指導力が急激に向上したとも述べている。彼女が2019年初には,自ら任期制限を申し出たにも関わらず民主党から15人の反対が出たため,やっと過半数を2票超えて下院議長になれたような人物なのにーである。
元民主党支持者のトランプ氏と,思想的には極左に近いが現実主義者で強力な資金力を持つペロシ氏との間には,未だに一定の裏強力があっても不思議ではない。そのペロシ氏の党内指導力が向上したことは,これからのトランプ氏の政権運営にとって,むしろ長い目では望ましいことかもしれない。
では,なぜ国境警備の予算が,13億7500万ドルしか付かなかったのか?
ブルームバーグが2月16日に配信した“Democrats’ Compromise Strengthens Case for Trump’s Wall ‘Emergency’”によれば,メキシコ国境での警備予算が全く付かなかったのなら,トランプ大統領が非常事態を宣言して,予算の付け替えを行なっても,それには法的正当性がなく,もし裁判等になってもトランプ側が敗訴した可能性があるが,メキシコ国境での警備予算が13億7500万ドルでも付いていれば,それに対して非常事態宣言で予算の付け替えを行うことは適法と裁判所で判断される可能性が高く,また議会(民主党)はメキシコ国境で非常事態が起きていると暗に認めてしまっているので,それを考えても今後の裁判等はトランプ側に不利にはならないだろうと述べている。そして同記事の冒頭では“このようなことを民主党が分かっていない筈はなく,彼らは政治的駆け引きのプロである”とも述べている。
つまり二度目の政府閉鎖が起きれば民主党も責任を追及されるので,それを避けるためトランプ氏側に“自分が勝った”と主張できる余地を残したのだろう。それはペロシ氏の裏采配によるものだったかも知れない。
ワシントン・ポストが2月15日に配信した“An emergency of the moment may set precedent for the ages”の中でも,1976年に緊急事態法が出来て以来,米国最高裁判所は,この法律が三権分立(予算は議会が決める等)に違反しているのではないか?―といった訴訟に直面したことがない。そのため今回のトランプ大統領の決定に対し反対派が裁判を起こして負ければ,(三権分立が軽視されたような)非常に悪い前例を作ると,共和党の一部まで心配しているという。そのような事情により,米国最高裁判所は憲法判断を避けるのではないか?―と述べている。この記事の最初でも最後でも,法解釈の曖昧性に触れているが,その最後の部分で著名な法律家が,“私はトランプ政権が負けると断言できない。勝ったら驚くだろうが”とも述べている。この記事でも私有地への壁の建設は難しいことも指摘されている。
同じワシントン・ポストが2月15日に配信した“‘A recipe for disaster’?”では,実際に国境壁が建設される州で土地収用法が発動されたりすれば,その州選出の共和党上院議員の再選が危うくなる。他の州でも選挙に弱い上院議員は,今回のトランプ大統領の決定の影響で,自分の選挙が危うくなることを恐れている。
しかし同時にトランプ直系に近いジョルダン下院議員は,テレビでトランプ大統領の今回の決定を擁護した。
今回の一連の出来事は,トランプ氏が大統領になる前から行っている“ワシントンの中の敵と味方を見分ける”作戦の一部なのかも知れない。
そして同記事によれば,トランプ大統領再選委員会が独自に行った調査では,今回の一連の出来事のお陰で,トランプ再選の可能性は高まっているという。
再選の可能性の高い大統領に推薦されれば,その候補者の当選する確率は高まる。トランプ氏の推薦を拒否する選挙に弱そうな候補者には,トランプ氏に近い人材を予備選挙で対抗馬に立てれば良い。
それをバノン氏は2018年中間選挙で行おうとして,しかし中間選挙では国民生活に密着した中道派の方が当選し易いことから,『炎と怒り』という本の問題を契機として,地下に潜らされたのではないか? しかし大統領選挙と同時に行われる議会選挙では,当選しそうな大統領と主張的に近い候補が有利になる。2016年も,そうだったと言えるかも知れない。
それを考えると2019年末には何らかの意味での“バノンの復活”が見られるのかも知れない。
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吉川圭一
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