世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1277

マクロノミクスの経済学とは何か?

瀬藤澄彦

(パリクラブ日仏経済フォーラム 議長)

2019.02.11

「新たな第3の道」あるいは「急進中道主義」

 マクロン政権発足以前のオランド政権時代あたりから社会自由主義という用語がフランスでも論壇に登場した。フランス革命時の立憲君主制標榜のフイヤン派フイヤン(feuillant)の流れを汲むマクロンの政治哲学は社会と自由という概念の相対峙する言葉を一緒にしたこの考えはイタリアの政治思想から入ってきたものである。政治経済イデオロギー的には,フランソワ・ミッテラン,マンデス・フランス,ミッシュエル・ロカールなどの80年代,90年代のフランスの社会主義者,あるいはトニー・ブレアのような「新たな第3の道」を標榜した欧州社会民主主義に近いものであるする意見も多い。ミッシェル・ロカール,ドイツのヘルムート・シュミットら元首相や米国のクリントン元大統領などの社会党系進歩政党の穏健派に近いとされる。政治党派色の薄いマクロン政治を評論家アラン・トレーヌなどは政治対立の時代が終焉した「ポスト政党政治の時代が到来した」と述べている。あるいは政党・不服従のフランス党首ジャン・リュック・メランションを理論的に支えるベルギーの政治学者シャンタル・ムフなどは「急進中道主義」と命名している。

国家主導型の穏健派ジャコバン主義

 2017年4月17日,フランスの著名なエコノミスト40人はマクロン経済政策を支持するとして新聞に共同のアピールを公開した。その公共政策の新機軸,グローバリズムへの対応,成長戦略の明確さの3点を評価するものであった。

 歴史的な社会政治思想の観点からは,18世紀のチュルゴー,サン・シモン,ドイツのユルゲン・ハーバマス,フランスのアラン・ツレーヌなどを挙げる人が多い。経済学的にはどのように分類されるのか。供給の在り方こそが需要を引っ張っていくものであるとするジャン・バプティスト・セー,あるいはなによりも企業家の創造的な破壊を提唱したジョセフ・シュンペーター流の供給重視派に組みするものであるいわれたりする。それらを引き継ぐ技術進歩を全要素生産性として重視する内生的経済成長の近代経済学者ローマーなどがマクロノミクスの考えに入ってくる。そのうえで経済政策には個人の自己責任という考え方が随所に出ている。このことは働き方の動機付けを尊ぶ経営学の人間関係学派に通じるところがある。

垂直的なジュピタリアン

 しかしながらマクロンの政策遂行の仕方はジュピタリアン(jupiterian)という風によく言われるように皇帝のごとく崇高な権力を威厳を持って自分の意向を内閣に執行させているとの評判が多い。このことからマクロン大統領は自由市場原理を重んじてはいても,それこそ国家主導型のジャコバン主義に立脚しているのである。この辺は相談諮問型でローカルな意見に耳を傾けていた前のオランド大領のジロンド型の政治スタイルとは異なるものである。

 日本では単純にマクロノミクスは自由市場経済主義であるとする論調が多いが,これはやや拙速である。市場か介入かという二項対立の図式から抜け出ることしかないと欧州の経済政策を論ずる場合,自己矛盾に陥るであろう。一方で米国発のグローバリゼーションに反旗を翻す欧州型21世紀福祉国家論を構造改革するというとき,私たちの住んでいる資本主義体制をもっと複合的にとらえる必要性がある。確かにリベラルな供給重視の考え方はマクロンの大統領選挙の公約にも反映している。

セーの販路法則とシモンの産業社会主義

 マクロンの大統領選挙政策参謀でもあったマチュウ・レーヌ(Mathieu Raine)教授によればマクロノミクスは16世紀ルイ王朝の財務総監であったジャック・チュルゴの考えに起源を有する。チュルゴはその著「富の形成と分配」(1767年刊行)のなかでアダム・スミスよりもいち早くアントレプレナーの役割を評価していた。自由経済の利点,その頃から効用価値などの考えをすでに標榜していた。しかし同時に社会的感覚というものを重要視,減税政策や行政改革,慈愛の施しを忘れなかった。これはレーヌによればマクロンの「アン・メーム・タン」思想に通じるものである。チュルゴは当時からトックビルを批判,とりわけ利子生活者を嫌っていた。これはマクロンがまさに自己責任を強調していることに通じるものである。「自分のできることは自分で」と。

 ジャン・ダニエルによればマクロノミクスは「セイの法則」とその「販路法則」に影響を受ける。すなわち,経済活動は物々交換で需要と供給は価格調整を通じて必ず一致する。需要不足や通貨供給の多寡によるものではない。生産物はその総額に見合った販路を供給する。このように供給サイドを重視するマクロン大統領は19世紀初頭のフランスの経済学者サン・シモン(Saint Simon)に真剣に注目したとされる。すなわち現代社会の目的は生産,すなわち「産業」であると結論。産業こそが社会の基盤,富の源泉であり,政府はいうなれば社会の代理人でその役割は生産における自由と安全を維持することにある。それらの産業人が社会の指導者になるべきである。後に空想的者社会主義者とも揶揄されたが,経営者と労働者が一体となった産業社会を構想したサン・シモンをモデルに考えている。

「ポスト・ナショナル」唱えるハーバマスと共鳴

 ル・モンド記者ニコラ・ヴェイユ(2018.2.23)によればむしろマクロン政策に大きな影響を与えているのはドイツの現代哲学者,世界的巨匠のユルゲン・ハーバマス(Jurgen Harbermas)である。フランクフルト学派の彼の公共性理論から得られる欧州統合に関する考察,すなわち憲法の法体系と諸手続きこそが国家を形成するのであって,その逆ではないというのである。彼のコスモポリタンな人類のカント的理念と恒久平和,および彼が「ポスト・ナションサル」と呼ぶ世界政治への執着は理念的な期待という規範的帰結である。実証主義的傾向の強いフランスでは,このハーバマス流の覚醒をリベラルな規範であると懐疑的な意見もあるが,マクロンは選挙前の2017年3月17日にベルリンでハーバマスに会い,意気投合したとされている。

北欧流モデルを曲解との批判も

 労働改革は政権発足後,いち早くマクロンが取り組んだ課題のテーマであった。

 フランスではこの分野では人口学者として知られるアルフレッド・ソヴィは労働時間の短縮に反対し,雇用の柔軟性を重視するが,2018年夏に刊行された「マクロンはスウェーデン流」というタイトルの本を著したジャーナリストのアラン・ルフェーブル(Alain Lefebvre)は辛辣な批判を展開する。北欧労働モデルを賛美するが,それはオランダで成功したワルセナー合意にある「フレキシセキュリティ」モデルをデンマークなどは外資誘致のためにPRのために使っているだけであって,デンマークの本当の強さはグローバル適応する中小企業のお陰であるということを知らないでいると。また困難とされる年金問題も実は性急に解決を急ぐのではなく対話と時間をかけて国民を説得することが肝要であるとマクロン流の上位下達の進め方ではないと戒めている。

「戦略的国家自由社会主義」

 マクロン流ということについて付言する必要がある。それはマクロニズムと言われる彼の経済思想をどのように解釈し,できれば歴史的に位置づけるかということである。現代経済学の立場では正統と異端の組合せが混在し,さらに歴史的に系譜を辿っていくと単純にミクロの供給重視の市場経済主義路線であると判断するのは誤ちである。自由主義的な供給重視経済の考えはマクロンの選挙公約にもそれが反映している。確かにフランスの有力エコノミストであるジャック・アタリ,ジャン・ピザニ・フェリー,アラン・マンク,フランス出身のIMFチーフ・エコノミストであったオリビエ・ブランシャールなどのグローバル派で自由市場主義を掲げる進歩的な有力経済学者や知識人のマクロン支持はこのことを裏付けている。あるいはマクロン流のこのような市場主義はもう少し中に入って見ていくと「社会自由主義」と名付けられるものである。これはグローバリズムにフランス経済を適応させること,開かれた市場経済主義は,実はマクロンがオランド大統領時代の経済デジタル担当大臣のときに,ひとつは9大未来志向産業ソリューション ①環境 ②医療 ③輸送 ④スマート技術 などの分野を国家の戦略的な産業と位置付けて基本的には外国資本へ門戸を自由に開放はさせないということを明らかにしている。フロマンジュ法によって,保有株式の投票権の2倍増加を可能にした。米国の経済学者リチャード・マスグレイブ(Richard Musgrave)は「公共選択の理論」のなかで政府の役割を,➀所得の適正分配,②経済の安定,③資源の効率的配分の3つを挙げているが,公共投資と減税効果を意識するという点では,失業はミクロ経済現象で自発的で労働需給で自動均衡するという新古典派ではなく,失業はマクロ経済現象で非自発的であるとする考え自体はケインズ主義である。マスグレーの公共選択論はミクロ経済学の分析を通して福祉を基準とするワルラス的均衡を重視する厚生経済学でありケインズ主義の流れでもある。

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