世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1239
世界経済評論IMPACT No.1239

アルゼンチン:元祖ポピュリズムの国の経済改革

小浜裕久

(静岡県立大学 名誉教授)

2018.12.31

 「イエスマン大好き」のドナルドおじさん,「アホバカマヌケ」と言った国務長官を馘にし,いくら説明しても「世界の平和と安定のための長期的コスト・ベネフィット」を理解出来ない「小学5年生並の頭」に愛想を尽かした国防長官も辞める。アメリカ人に「イエスマン大好き」などと日本人に言われたくない、と言われれば一言もない。7,8年前だったろうか、アテネで債務管理庁長官と話していた。「ギリシャの公的債務は?」という議論をするとき,「日本人のエコノミストが言えた義理ではないが」という枕詞が必要だった。株価が下がれば「Fedが悪い」と中央銀行に政策介入する大統領。「歴史を学ばない」人は恐ろしい。マティス国防長官の辞表の意味が分かって,ドナルドおじさん,激怒したとか。「裸の王様」につける薬はない。

 アルゼンチンは思い入れのある国だ。初めてブエノスアイレスを訪れたのは1985年8月末。「アルゼンチン経済開発調査」というJICAが初めて実施したマクロ経済や輸出振興などの開発調査のためのミッション。以来十数回行っているだろうか。この3月,3泊でアルゼンチンに行って,3カ所で講演して合間に新聞のインタビュー。2018年3月4日、空港で換金したときは1ドル20ペソだったが,「トルコリラ・ショック」に引っ張られるように,今年8月末には1ドル40ペソを割り込んだ。いま(2018年12月の執筆時点)は少し持ち直しているようだ。

 ある友人は,「アルゼンチンって,かつての先進国がそのまま進歩をストップして固まったような国だよね」と言う。世界大恐慌の頃,アルゼンチンは世界の先進国だった。ブエノスアイレスにあるコロン劇場は、世界三大劇場の一つだ。1930年頃,アルゼンチンの所得水準は日本の倍以上であった(購買力平価で比較)。名目ドルで比較しても1967年まではアルゼンチンの所得は日本より高かった。戦前のアルゼンチンは豊かな先進国の経済を謳歌し,ブエノスアイレスは南米のパリと言われた。一方,戦後のアルゼンチン経済は,ペロニズムによる経済政策の失敗,軍政,ハイパーインフレーション,対外債務のデフォールトとさんざんな印象だ。アルゼンチンの歴史を振り返ると,借金をまともに返す気がない国にも見える。アルゼンチンの歴史は、栄光と挫折のサイクルだ。

 ポピュリズム自体,大昔からある政治経済思潮だが,いまほどポピュリズムが言われなかった頃,ポピュリズムと言うとアルゼンチンのペロン元大統領(1946年6月から1955年9月;1973年10月から1974年7月)の都市労働者に迎合したペロニズムを思い浮かべる人が多かったのではないか。

 Latin American Committee on Macroeconomic and Financial Issues (CLAAF)の“Global and Local Challenges in Argentina and Brazil”(Statement No.40, December 11th, 2018)は,アルゼンチンでは2015年に大統領選挙があり,ブラジルでは今年大統領選挙があって,ポピュリズムからオーソドックスな経済政策への移行が期待されたと始まっている。

 2015年12月にマクリ政権がスタートして、「元祖ポピュリズム」の国アルゼンチンもいよいよ経済改革が動き出すかと期待したが,世の中それほど甘くはなかった。ペソがこんなに下落すれば,IMFに緊急融資を求めないわけにも行かず、政策金利を60%に引き上げても国際金融市場は、過去のアルゼンチンの歴史を思い起こして,疑心暗鬼だろう。アルゼンチン経済に対する市場の信認を回復しなくてはどうしようもない。

 IMFと2021年末まで3年間563億ドルのクレジットライン(スタンドバイ取極)が設定できたが,厳しい改革条件(コンディショナリティ)が付けられている。そのコアは,社会の中の脆弱な層を保護しつつ財政赤字を縮小するという難しい経済改革だ。ポピュリズムが染みついたアルゼンチンの庶民には緊縮政策は不人気だ。前政権のバラマキ政策の結果であるにも拘わらず,デモ隊が「IMFは要らない」「マクリ政権はアルゼンチンの金を海外に流出させている」と主張しているらしい。何とかマクリ大統領に踏み留まってほしいが,来年(2019年)は大統領選挙だし,典型的ポピュリストのクリスティーナ前大統領も出馬すると言われている。アルゼンチン人は政府を信用していない。ペソが貯まったら,すぐにでも「ドル転」しようとする。企業も長期の投資を躊躇する。

 The Economistの記事は楽観的だ(“Annus horribilis, December 15th 2018)。なんとか来年アルゼンチン経済が持ち直し,オーソドックスな経済政策を採る大統領が当選することを願う。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1239.html)

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