世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1216

不確実性が高まるユーロ金利指標改革の行方:中長期的なEURIBOR廃止リスクにも備える必要

金子寿太郎

((公益財団法人)国際金融情報センター ブラッセル事務所長)

2018.12.03

 12年に発覚したロンドン銀行間取引金利(LIBOR)操作問題を契機として,世界的な金利指標改革が開始した。ユーロ圏については,相対的に進捗の遅れが目立っており,市場の大きな懸念材料となっている。EUでは,金利指標規則(BMR)という域内規制が18年1月に発効した。BMRは,重要性に応じて,金利指標を3つに分類した上,それぞれに運営主体(アドミニストレーター)のガバナンス,データの頑健性等にかかる要件を定めている。なお,BMRは激変緩和のための移行期間を19年末まで設けているものの,これは英国におけるLIBOR改革の実施期限より2年早い。

 BMRは,一週間物以上の有担保取引の指標であるEURIBORと翌日物無担保取引の指標であるEONIAをユーロ圏における「最も重要な指標」に指定している。足許,両指標を参照するデリバティブは131兆ユーロ程度,融資は5兆ユーロ程度と推定されている。両指標の監督当局であるベルギー金融庁(FSMA)は,現状のEURIBORとEONIAはBMRに適合していない,との立場である。

 EURIBORは,ホールセール貸付,リテール貸付,社債,証券化商品,デリバティブなど多様な取引の契約で参照されている。例えばスペインの不動産市場では多くの融資契約が1年物EURIBORを参照しているなど,欧州経済に深く浸透している。

 EURIBORは,もともと欧州銀行連盟(EBF)が算出・公表を担っていた。しかし,金利指標改革を受けて,欧州マネーマーケット協会(EMMI)という新たな機関をブラッセルで発足させることにより,EURIBORのアドミニストレーターとして独立したガバナンスの強化を図った。

 一方,データの頑健性については,実取引データの減少に悩まされている。かつて欧州の銀行等は,EURIBORの設定委員会(パネル)に参加することを名誉として重んじていた。しかし,BMRに則った呈示データの保存管理,定期的な監査,システム変更等に伴う費用(コンプライアンスコスト)が高まった結果,LIBOR問題発覚前に40行以上いたパネルの構成行は半減している。

 EMMIは,当初,実取引データのみを用いてEURIBORの算出方法を見直す方針を掲げていた。しかし,市場調査の結果,流動性の薄さと特定行への集中という問題が明らかになったため,英国のLIBOR改革に倣い,気配値や推計も活用するハイブリッドアプローチを検討している。EMMIは,当該アプローチについて,18年10月に市中協議文書を公表した。ここでは,19年第2四半期までに,改定版EURIBOR にかかるFSMAの認可を申請するスケジュールが掲げられている。とはいえ,パラメータなどの技術的な部分で算出方法が定まっていないことを踏まえると,まだ最終化は見通せない。

 一方,EONIAは,ユーロ圏の大手行により呈示される無担保翌日物貸出金利の加重平均である。デリバティブやレポの取引を中心に参照されているほか,公開市場操作,常設ファシリティおよび最低準備預金制度といった欧州中央銀行(ECB)の金融政策における誘導目標にもなっている。

 EONIAのアドミニストレーターでもあるEMMIは,EONIAのインプットデータの頑健性を向上させる見直しに取り組んだ。しかし,市場データ分析の結果,パネル参加行の減少に伴い流動性が乏しくなっているほか,特定行への集中も認められたため,BMRに準拠するような見直しは困難であると判断した。

 この間,ECBは,翌日物金利が金融政策の主要なツールであることにも配慮して,独自に検討を進めてきた。18年2月には,市場参加者等により構成される作業部会を発足させ,EONIAが廃止される事態に備えて,新たな翌日物金利指標「ESTER」の開発に着手した。

 18年9月,同作業部会は,EONIAの廃止が決まったことを受け,ESTERをEONIAの後継に推奨すると決定した。EONIAと比べ,ESTERには,①ECBがBMRの適用を除外されているため当局の認可を要さない,②ECB規則により,十分な数のパネル参加行を確保できる,といった優位性がある。ECBは,可能な限り早期に,かつ遅くとも19年10月までにESTERの公表を開始するとしている。とはいえ,急遽EMMIの役割を引き継いだため,スケジュールにはひっ迫感がある。

 ユーロ圏は,野心的なロードマップを掲げているものの,実施期限までに改革が完了するのか不透明感が強くなっている。移行期間の延長はBMRの修正を要する。市場等では,改定版EURIBORとESTERのいずれについても,データ公表の開始が移行期限間近まで差し迫る可能性があるため,市場の適用準備に要する時間に鑑み,欧州委員会はBMRの簡易な条文修正(quick fix)を早急に提案すべき,との見方が強まっている。

 しかしながら,欧州委員会は,今のところ,移行期間の見直しを表明していない。移行期間を設けた結果,金融機関の準備が停滞することを懸念していると推測される。加えて,19年5月の欧州議会選挙を控え,同年4月には同議会が休会することを踏まえると,quick fixであっても,立法手続きに必要な時間は既に乏しい。仮に新指標への円滑な移行が実現し難くなった場合,一時的な緊急避難措置が必要になるであろう。

 ESTERは,借入にかかる取引データに準拠している点等で,EONIAと本質的に異なるものの,ESTERのテスト指標であるPre-ESTERは,EONIAを10ベーシスポイント程度下回る水準で安定的に推移している。したがって,ESTERの開発が遅れた場合,Pre-ESTERにαベーシスポイント上乗せした値で当座を凌ぐことが考え得る。

 EURIBORについては,現行水準から大きな乖離を生じさせないかたちで存続するのではないか,と予想されている。ただ,改定版EURIBORがFSMAの認可を得られたとしても,呈示負担の重さなどから,中・長期的にパネル参加行が更に減少する可能性を考慮する必要もある。実取引データの割合が一定以上低下すれば,いずれBMRに適合しなくならないとも限らない。概してテナーが長くなるに伴い,取引データの不足は顕著になる。したがって,特に1年物のように長い指標については,推計等の介在する余地が大きくなるであろう。

 BMRは,「最も重要な指標」に限って,監督当局がパネルからの脱退を希望する銀行に対し,一定期間データの呈示を続けるよう義務付けることを認めている。十分なインプットデータを確保するためのセーフティネットであるとはいえ,こうした強制的な措置は,規制の潜脱に対する誤ったインセンティブを生じさせることにもなりかねず,副作用が懸念される。

 ユーロ圏の金利指標改革が円滑に実施されなかった場合,金融市場のみならず実体経済にも広く甚大な悪影響が及ぶ。移行期間の延長が見通せない中,全ての関係者は,あらゆるバックストップを検討するなど,不測の事態に備える必要がある。

 

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