世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
保守化が進む米国の連邦下級裁判所
(桜美林大学 名誉教授)
2018.10.29
米国の連邦統治機構は,立法府,行政府,司法府の三権が抑制と均衡の原理に基づいて並立している。しかし,行政府の長であるトランプ大統領と立法府の主導権を握るマコーネル上院院内総務,および裁判所判事の承認人事を取り仕切るグラスリー司法委員長(いずれも共和党)の連携プレーによって,司法府の保守化が確実に進展している。
その顕著な例が,ゴーサッチおよびカバノー両判事の就任による最高裁だが,あまり報道されない連邦下級裁判所でも保守化の進展が著しい。その状況を以下に見てみよう。なお,最高裁については,10月15日付拙稿「最高裁判事就任:トランプ大統領の驚くべき成果」を参照されたい。
連邦下級裁判所には,連邦控訴裁判所と連邦地方裁判所の二つがある(本稿では国際通商裁判所と連邦請求裁判所は対象外とした)。控訴裁判所は首都ワシントンと全米の11巡回区に各1ヵ所,および首都ワシントンにある連邦巡回控訴裁判所を加えて13ある。一方,第1審裁判所である地方裁判所は,各州に最低1ヵ所,人口の多い州には2ヵ所以上設けられ,全米50州に89,さらに首都ワシントンおよび4属領地(プエルトリコ,バージン諸島,グアムおよび北マリアナ諸島)に各1ヵ所で合計94ある。なお,本稿のデータは,Federal Judicial Center (www.fjc.gov)およびUnited States Courts (www.uscourts.gov) による。
判事の総数は,控訴裁判所が179人,地方裁判所が677人,両者を合わせた下級裁判所全体で856人である。判事はすべて大統領が指名し,上院司法委員会および上院本会議で承認されて就任する。最高裁判事と同様に下級裁判所の判事も終身制で,欠員は死亡,引退および弾劾裁判による罷免に限られる。10月23日時点で欠員は控訴裁判所が11人(179人の6.1%),地方裁判所が108人(677人の16.0%)である。なお,2000年以降で弾劾により罷免された判事は2人おり,いずれも地方裁判所判事である(1人は上院の判決前に辞任)。
トランプ大統領就任時点における判事の欠員数は,控訴裁判所が17人,地方裁判所が86人で,オバマ大統領就任時点のそれぞれ13人,40人と比較すると格段に多い。これは,オバマ政権下の2014年,中間選挙で共和党が圧勝し,共和党が多数党となった上院が,オバマ大統領の指名した裁判所判事の承認手続きをボイコットしたことも影響している。このため,オバマ政権の最後の2年間で控訴裁判所の判事で承認されたのは僅か1人にとどまった(7月31日付ニューヨーク・タイムズ,以下NYT)。また,マコーネル上院院内総務は,オバマ大統領が2016年2月に死亡したスカリア最高裁判事の後任として指名したガーランド判事の承認手続きを進めず,結局オバマ大統領の指名を反古にされてしまった。これも共和党が多数党となったことによる顕著な事例である。
トランプ大統領が就任して以降,2017年中に大統領が指名し,上院が承認した控訴および地方裁判所の判事は18人,2018年は10月24日までで66人。トランプ政権発足以降,これまでに合計84人の判事が就任した。10月17日付NYTによると,トランプ大統領が指名し,承認させた控訴裁判所判事は29人おり,これは1891年に控訴裁判所が創設されて以来,1人の大統領が就任させた人数としては最大であるという。
この結果,今や控訴裁判所の判事の6人に1人,地方裁判所では13人に1人はトランプ大統領が指名した判事という計算になる。このままのペースで承認が進めば,最高裁判所と同様に,下級裁判所でもトランプ大統領が指名した判事の割合はさらに高まる。シューマー民主党上院院内総務は「トランプ大統領は党派むき出しのイデオロギー色の強い判事を次々に就任させている」と非難しているが,マコーネル共和党院内総務は「やっと彼らは,これが私のトップ・プライオリティだということに気が付いたようだ」と涼しい顔をしている。
トランプ大統領が指名した判事には明確な特色がある。トランプ以前の大統領が指名した判事に比べて,まず①年齢がかなり若い。議会調査局(CRS)が出した今年5月の報告(R45189)によると,大統領就任1年目に指名した控訴裁判所判事の平均年齢は49歳である。②白人男性が圧倒的に多い。同報告によると,白人の比率は控訴裁判所89%,地方裁判所92%。男性の比率はそれぞれ79%,76%。③マイノリティや女性は非常に少い。しかも,④同性婚を認めた最高裁判決を批判し,妊娠中絶の容認は奴隷制とともに米国における二大悲劇だと主張するような保守的思想の持ち主が多い。
裁判所に持ち込まれた訴訟件数は,2017年の1年間で,控訴裁判所が5万506件(前年比16%減),地方裁判所が34万4,787件(同7%減)である。控訴裁判所で終わらず最高裁判所に持ち込まれる訴訟は年間80件余りで,控訴裁判所および地方裁判所の判決が国民生活に与える影響は非常に大きい。前述のとおり,判事の任期は終身制であるから,若い判事が就任すれば,その影響は何十年も続くことになる。
連邦判事の人選と就任までの過程を取り仕切っているのは,ホワイトハウスのマクガーン大統領法律顧問,上院ではマコーネル院内総務およびグラスリー上院司法委員長の3人である。こうした3人の連携プレーが,連邦判事の一新を公約に掲げたトランプ大統領を支援している。その顕著な事例はマクガーン顧問の次のような行動に示されている。マクガーン顧問は,9月27日に行われた最高裁判事承認公聴会で性的な暴力被害を訴えたフォード教授の証言に共鳴する声が広がるのを懸念し,フォード教授と民主党に対する個人的な「炎を怒り」をもっと激しく共和党議員に訴えるべきだとカバノー判事を説得し,実行させたと10月6日付NYTは報じている。
もうひとつ注目されるのは,「ブルー・スリップ」(blue-slip)ルールである。この青紙規則とは,控訴裁判所と地方裁判所の判事指名は,裁判所管轄区内の2人の地元上院議員の同意を得て行うというルールである。このルールは,2人の上院議員が指名に反対するか,あるいは青紙を提出しない場合は,指名不支持と判断し,指名をホワイトハウスに送り返し,上院司法委員会は指名承認公聴会も採決も行わないというものである。しかし,今年に入って,ミネソタ州およびウイスコンシン州を管轄する控訴裁判事が各州の民主党上院議員2人が反対したにもかかわらず,上院本会議で承認されるなど,グラスリー司法委員長はブルー・スリップ・ルールを無視していると民主党は非難している。
また,上院が中間選挙のため11月13日まで1ヵ月間の休会に入ったにもかかわらず,グラスリー司法委員長が承認公聴会を強行したことにも,民主党は抗議している。共和党は選挙後のレームダック会期に承認を進める方針と報じられているが,民主党の抵抗は一層高まるものと思われる。
なお,カバノー判事の就任に中心的な役割を果たしたホワイトハウスのマクガーン顧問は,自分が予定したとおり10月17日にホワイトハウスを去った。在任期間は僅か21ヵ月。その影響が承認人事にどう関係するか,注目される。しかし,そんなことよりも,この中間選挙で,民主党が上院で多数党に復帰すれば,2014年と同様に現職大統領の判事承認は一挙に苦境に陥ることなる。
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