世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1184
世界経済評論IMPACT No.1184

米最高裁判事承認劇の波紋:体制固めのトランプ大統領と無党派女性票の行方

鷲尾友春

(関西学院大学 フェロー)

2018.10.15

 米国中間選挙まで一カ月を切った。

 現状,大方の見方では,下院での民主党優位,上院での共和党優位が出現するのは,ほぼ確実とされている。トランプ大統領にとっては,共和党有権者の投票率を高め,下院での損失を出来るだけ少なくするとともに,上院での共和党優位の維持が至上課題。この路線に沿って,人目を引く政治パーフォーマンスに余念がない。

 デッド・ラインを前にしての,時間と競争するが如き白熱の交渉劇が展開されている。

 ここ数週間の米国の政治を見ていると,その種の,いわば見せ場が実に多い。そして,そのいずれの場面でも,トランプ大統領が勝った。

 たとえば,上院でのブレット・カバノー候補の最高裁判事承認案件。

 周知のように,最高裁判事の承認は,上院の専権事項である。

 ところが,上院での現有勢力は,共和党51名,民主党49名。共和党議員が2名反対すれば,民主党から賛成者が出ない限り,承認は否決される。トランプ大統領としては,ここはどうしても保守派判事を一人増やし,最高裁での保守派過半数を実現したいところ。しかも,11月初頭の中間選挙直前の今こそ,その承認実績を,声高に謳い上げたい。

 ところがここに,カバノー候補の,セクシャルハラスメント容疑が浮上する。告発の事件が起きたのは,もう36年も前のこと。だが,当該の人物が最高裁判事となる可能性大ともなれば,人物の資質に疑義が出てくるのも当然のこと…。

 さらに,セクシャルハラスメント被害に遭ったという女性がもう一人出てくる。だが,上院共和党とトランプ・ホワイトハウスは,この新たな女性を証人としては呼ぼうとしない。証人としての信憑性を否定したのだ。

 加えて,スティーブンス元最高裁判事も,カバノー候補の判事としての資質を,「彼は余りにも偏見を持ち過ぎている」として,批判する意見を表明するに至る。

 こんな情勢の中,司法委員会所属の共和党議員の一人が,態度を一転二転させる。共和党内やホワイトハウスからの圧力に屈し,一旦は承認を支持すると発表しながら,直後,メディアの面前で,性的暴力に遭ったと自称する女性たちの抗議に遭遇,だから改めて,告発された案件に絞って,カバノー候補の身上調査をFBIに追加で調べさせることを,承認支持の条件に持ちだしたのだ。

 司法委員会の構成は,共和党11名に対し,民主党10名。

 此処で1名の反対票を党内から出せば,本案件を上院本会議に持ち出せなくなる。従って,共和党としては渋々,この議員の提案を飲む。但し,調査期間は1週間(この1週間案も,当初持ち出したのは民主党側だから,話は複雑。民主党側でも,長い期間では,「単なる時間稼ぎ」として調査に否定的だった,共和党側が飲むまいと踏んでいたのだ)。

 そもそも,この議員は,共和党内でのトランプ大統領批判の最先鋒。そのためか,今回選挙で不出馬に追い込まれた背景を持つ。恐らく,その様な経緯故,心底では,カバノー支持にも心が動かなかったのだろうが,自らへの強まる圧力に抗しかね,一旦は賛成を決めたことを公表,ところが上述のドラマティックな場面展開があり,党内からの圧力への反発からか,限定的ながらの抵抗案を打ち出したのだろう。

 もっとも,FBIといえど,1週間では,満足な新規調査など出来るはずもなく,結局は既知の情報を確認するにとどまり,「新規発見はなし」の結論。要は,一週間,事態を停める結果だけに終わる。

 しかし,中間選挙を前に,この1週間の空白は大きい。結果,仮に,性的暴力疑惑が明白となれば,トランプ政権と共和党は,保守派判事登用の成果を謳えなくなる。

 また,一定の限度付きながら,補足調査という手続きを踏んだ効用も大きい。

 政治は,所詮,一定の時間内での妥協劇。

 妥協させるにも,譲らねばならない側の心理的葛藤を和らげてやらねばならない。

 つまり,この場合,FBIの補足調査というDue Processを踏むことで,態度未定で,心揺らいでいた上院議員たちの背中を,承認支持の方向に,押し出させることになる。だから,共和党とホワイトハウスは,この空白の1週間をフルに使って,司法委員会には所属せず,それ故,上院本会議でいきなり承認投票に出くわす立場の,態度未定議員(女性議員や,共和党有権者が多い選挙区で再選に臨む民主党議員)たちに,調査結果でクロとならない限り,ガバノー承認支持を打ち出させるべく,強引なロビー活動を行なったのだ。

 そして,それが奏功する。

 本会議投票に際し,1〜2名の議員が,FBIの補足調査で満足した旨を語り,結果,承認票が過半に達した,とのムードが生じる。そうすると,その後は,態度未定議員たち(その中には民主党議員も多かった)の承認支持表明が雪崩のように続く(それでも,最終結果は,賛成50,反対48だった)。

 ここで,もっとうがった見方をすれば,そもそものFBI調査も,FBIのクリストファー・レイ長官に電話が通じなかったので,電話の通じたローゼンスタイン司法副長官に調査が可能かどうか,打診したとのこと(NY times 9/28日)。

 ローゼンスタインといえば,トランプ大統領弾劾の可能性を検討したと報じられ,一時はトランプ大統領に辞任を申し出ようとした人物。そんな人物に,今回調査でトランプ大統領への忖度が働かなかったかどうか,心理小説の作家なら,物語化したくなるようなテーマではないか…。

 また,カバノー承認には,上院共和党は事前に深謀の策を打ってあった。

 昨年,上院共和党は,多数派の審議妨害の有効な手段と化していた,フィリバスターを,最高裁判事承認人事では適用出来ないよう,上院のルールを変えてあったのだ。

 このルール改訂以前では,上院での最高裁承認人事案件にも,フィリバスターが及んでいた。つまり,上院議員は州代表ということで,州の利害に絡む様なことは,単純多数決ではなく,三分の二の特別多数決で決める,そんな精神を象徴する手段として,個々の上院議員には,三分の二の特別多数で否定されない限り,延々と反対意見をぶつ権利が保障されていた。米国映画で有名な“Mr. Smith Goes to Washington”での,一議員の多数派議員への,上院本会議での抵抗も,この制度が在ればこそ,の物語だった。だが,そうした手段は,最高裁判事承認に関しては,もう使えなくなっていた。

 興味深いのは,カバノー最高裁判事承認過程の一部始終を眺めていた米国有権者たちの反応ぶり。

 米国は今や,共和党支持派の多いレッド・ステート(州)と民主党支持派の多いブルー・ステート(州)の色分けが歴然としているが,そのレッド・ステートでの,共和党支持者たちの投票意欲が高まっている,というのだ。

 ガバノー候補がメディアや民主党によって,不公平な扱われ方をした,と言うのがその理由。この点でも,トランプ大統領は,中間選挙での,共和党有権者の投票刈り出しに成功しそうな雰囲気となっている。

 もっとも,この承認劇,無党派層に属する女性有権者の感情を痛く傷つけたのも事実。彼女たちが,トランプ支持の熱意を掻き立てられたレッド・ステートの共和党有権者たちの投票率増加可能性を,共和党への反対票を投じることで,どの程度まで相殺しきれるか,或いは,しきれないのか…。“保守の心情”対“女性の尊厳”を巡る価値観の相克は,米国社会の亀裂現象の象徴として,大いに興味が注がれてしかるべきだろう。

 いずれにせよ,今回のカバノー最高裁判事承認劇も亦,米国社会の分断亀裂が如何に大きいか,を浮き彫りにしてしまったようだ。そして,そうした大きな亀裂の中で,トランプ大統領の支持基盤は,増強されこそすれ,今のところ,弱体化の兆しを見せていない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1184.html)

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