世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1125
世界経済評論IMPACT No.1125

EU加盟国内経済空間で拡大する内部不均衡

瀬藤澄彦

(パリクラブ日仏経済フォーラム 議長)

2018.08.06

国内の中心と周辺の関係は外国の地域都市圏との関係に移行

 欧州経済統合の理論的なバックグラウンドのひとつは1970年代以降勢力をつけてきた新古典派の経済成長論であった。実はこのような中核拠点都市の拡大,すなわちメトロポリゼーションの現象は近代経済学,就中,米国のソロー=スワン・モデルに代表される新古典派の経済成長理論による市場が収斂していくという想定のシナリオを裏切るものであった。これを象徴するものが,発展途上国に対してもその開発援助の条件として構造改革実行を迫ってきた世界銀行が2009年にこれまでの市場経済主義の論理を方向転換して新地理経済学の考え方を受け入れて都市の重要性を認知したことである。世界経済の中心と周辺,国家経済内部の中心と周辺という構図に変化が生じた。グローバリゼーションとネットワークの広がりによって国内の中核都市と中小都市の序列関係の間に成立していた相乗効果は,今や国民国家の枠を離れて世界の多くの有利な条件を提供できる他国の「都市国家」との関係に移行しようとしている。中核拠点たるメトロポール都市は国内の貧困地域を必要としなくなった。それに代わって競争優位の条件を有するような経済圏,例えばドバイ,ドーハ,シンガポール,アイルランド,バルト3国,中東欧諸国,スイス,などを世界的なメトロポール都市は必要とするようになった。フランスのノーベル経済学賞受賞者のツールーズ大学教授ジャン・チロールはこれらの都市のことを「漁夫の利」を得ていると評した。

 欧州単一市場や欧州通貨ユーロなどがどれほど域内市場に収斂をもたらし統合効果をもたらすかは,単一市場の効果を分析したチェッキーニ報告や,ユーロ導入の根拠となったロバート・マンデルの最適通貨圏理論によって説明されてきた。しかしながらメトロポール都市の台頭は新たな大都市圏の集中化という空間的な不均衡拡大の現象であった。それは従来の都市と農村部の関係ではなく都市と都市との間の序列関係を伴って発生している都市圏の集積現象である。メトロポール都市圏にはますます国内の中小都市からの人口が流入し,逆にそれ以外の中小都市では人口がさらに減少していくようになる。メトロポール化された都市圏とそれ以外の都市圏との間には経済空間が反目し合う2つの力関係の作用が働く。すなわちこのようなメトロポール都市には求心力によって産業集積がますます集中し,他方では遠心力によって国境を越えて他国の都市経済圏に連結するようになる。多国籍企業は都市集積によって派生する内生的な外部経済性の利点をさらに享受しようとする。例えばパリ首都圏たるイル・ド・フランス州は面積ではフランス本土の2%に過ぎないのに人口では18%,事業所数では23%も集中させている。欧州の経済空間の統合は多極的に均衡した収斂ではではなく,鉄道,自動車,通信,インターネットの発達によってむしろ分極化が進行し不均等が拡大,都市集積の強力な因子として作用したといえる。それはまさに規模の経済を反映した収穫逓増を説明する新地理経済学の論理そのものである。

「群島都市経済」論

 都市間ネットワーク 情報通信と輸送技術の発展は地理空間として離れた都市と都市を競争優位に備えた「近隣関係」として連結させてしまった。その結果,中核都市ネットワークの合間に散在する中小都市や農村部は取り残され孤立するようになった。「死角」のように見えなくなり,群島のように拡がる都市の膨張をモンガンは「都市が消滅した」(O.Mongin)とさえ表現した。そこでは都市と都市とのヒエラルキー序列が機能の特化や分業を通じて都市相互間の繋がりと権力の分担(A.Loisch)という形で進行しつつある。バルセロナ都市経済圏といってもいいスペイン・カタロニア州の事例はもっともこのような状況を物語るものである。在バルセロナ・フランス商工会議所会頭は筆者のインタビューに,「フランス企業はここバルセロナから脱出することはない。この地域は地中海経済圏のなかで圧倒的な競争優位を有する拠点都市である」と断言。昨年7月バルセロナではもうこれ以上,日常生活の静寂を破壊する観光客は来て欲しくないという市民の大規模なデモがあった。観光収入はあっても自分たちに還元されず政府に巻き上げられほかの地方に助成金に消えていくだけだと。

 EUの加盟国内経済空間の内部不均衡について欧州統計局(EUROSTAT)はNUTS2の基準に従ってEU加盟28カ国を271の人口80〜300万人規模の地域都市圏別に区分してその所得比較を行っている。国民国家を離れ欧州連合というひとつの経済空間として購買力平価による一人当たりGDPを眺めると国別にまだ格差はあるものの各国内部の地域格差がより一層顕著であることが分かる。英国ではロンドン,エディンバラ,マンチェスター,フランスではパリ,ローヌアルプ,コートダジュール,ドイツではバイエルン,イタリアではロンバルディア,スペインではカタロニア,バスク,北欧ではストックホルム,アイルランドではダブリンなどの地域が同じ国内のほかの地域に対して一段と豊かになっていることが浮き彫りにされている。国内の地域所得格差が一層拡大しているのである。

連邦国家の動揺 メトロポール都市の多様性

 連邦制国家内部の不満と動揺が世界的にも高まっている。とりわけ次の高所得地域,①ドイツの州財政黒字のバイエルン,ヘッセン,ビュルテンビュルグの3州,②メキシコの豊かな北部州の南部州と首都に対する不満,③東欧ではウクライナ東部州のキエフ中央政府と西部州に不満などでは顕著である。ところが世界的なメトロポール都市でありながら,ニューヨーク,東京,ロンドン,パリ,サンパウロ,メキシコ・シティ,モスクワなどでは地域的な自治分離の動きは出ていない。理由はコスモリタンなハイブリッドな世界都市であるために非常に多様な出身地の世界市民の集団社会であることによって言語や文化のアイデンティティ追求の動きにはつながっていかないからである。人口構成においてパリはパリ生まれたった30%だが,他の大都市では地元出身が多数を占める。分離独立の動きは第2位メトロポール都市で顕著である。アントワープ,ビルバオ,バルセロナ,グラスゴー,ミラノなどのコスモポリタンでない都市の事例がそれを物語る。世界的に見てもほとんどの国家の内部で不満と動揺が高まっているが,新しい現象として貧しい低所得の地域ではなく豊かな高所得の地域ほど独立分離の機運が強まっているのである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1125.html)

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