世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1119

19年1月発効を目指すASEAN香港FTA:6つ目のASEAN+1FTAを評価する

助川成也

(国士舘大学政経学部 准教授)

2018.07.30

 2019年1月の発効を目指し,ASEAN香港FTA(AHKFTA)の加盟国内で手続きが進められている。ASEANにとって香港は第4位の輸出相手先。またASEANのFTAとしては2010年に発効したインド,豪州・NZ以来,6番目となる。しかしASEAN側からは,協定締結の意義や経済効果を期待する声は聞こえてこない。

ASEAN中国貿易のハブ化を目指した香港

 2017年11月,ASEAN経済相と香港政庁の邱騰華商業経済発展局長とは,ASEAN香港FTA(AHKFTA)に署名した。2019年1月の発効を目指す。AHKFTAが発効すれば,ASEANにとって9年ぶり,6番目のASEAN+1FTAになる。

 2017年,ASEANにとって香港は輸出相手先として中国,米国,日本に次ぐ第4位(880億ドル)。一方,輸入は第18位(182億ドル)と圧倒的な出超となっており,一見すると「ドル箱」にも見える。しかし,実際には香港向け輸出の相当部分の最終仕向け先は中国本土である。同年の香港の再輸出は総輸出額の実に95.6%を占めるが,うち中国向けが55.3%である。

 中国とASEANとの貿易は,2005年にASEAN中国FTA(ACFTA)が発効して以降,世界平均を上回る規模で拡大してきた。2005年から17年の間,ASEANの対世界貿易は,輸出で2倍,輸入で2.1倍に拡大したが,中国向け貿易はこの間,輸出で3.4倍,輸入で4倍に拡大している。そのため,後背地に珠江デルタを中心とした華南地域を抱える香港が,中国・ASEAN間貿易でハブ機能を担うことを期待し,ACFTAへの参加を目指すことは自然な流れである。

 ACFTAの下,香港は貨物の積み替えや,中国・ASEAN間取引を商流上,香港経由で行うリ・インボイスなどは問題なく利用出来ていた。しかし,移動証明書(Movement Certificate)(注1)を用いた在庫分割制度は利用できなかった。例えば,自動車部品をタイから中国にACFTAを使って輸出する場合,当該製品を一旦シンガポールの物流倉庫に保管し,中国の顧客の発注に応じて在庫を切り分けて輸出する際に,元々の生産・輸出国であるタイ政府発行の原産地証明書を基に,シンガポール税関が輸出数量に応じて分割して原産地証明書を発行することで,中国側で特恵関税を享受することができる。しかし,ACFTAに参加していない香港での在庫分割は,移動証明書が発給出来ず,特恵関税の適用対象外となっていた。

 香港はACFTA上の不都合を解消し,中継貿易地としての地位向上を狙い,ACFTAへの参加に向け,中国・ASEAN双方にロビーイング活動を開始した。香港は2011年8月,同地を訪れた李克強副首相(当時)からACFTA参加の支持を取り付けた上で,2011年11月,ASEAN事務局を通じて加盟各国に打診した。しかし,2013年3月に開かれた非公式ASEAN経済相会議でASEANが出した答えは,ACFTAとは別に香港とFTAを締結することであった。その背景には,ASEANの中で中継貿易機能を担ってきたシンガポールが,香港のACFTAへの参加にネガティブであり,他の加盟国もシンガポールに足並みを揃えたとみられる。

低い自由化率にとどまったAHKFTA

 2017年11月に署名されたAHKFTAは,片務的な協定である。ASEANではタイとカンボジアが単純平均で11%台の最恵国待遇(MFN)関税が課されているのを筆頭に,ブルネイ,シンガポールを除き5〜10%の関税が課されている(注2)。一方,香港は自由貿易港でもともと関税が課されていない。そのためASEAN側が一方的に関税を撤廃することになる。

 ASEANにとって香港とのFTAを締結するインセンティブを敢えて無理に探すとすれば,香港が将来的に関税を引き上げた際の「安全弁」としての役割が考えられる。何らかの理由によって香港が関税を引き上げた場合,AHKFTA第2章(物品貿易)第3条(スタンドスティル条項)によって,ASEANは引き続き0%関税を享受できる(注3)。しかし実際には,香港とのFTAはASEANにとって全く魅力的ではなかったが,中国政府が一応は容認していた香港のACFTA参加を拒否する代わりに,形式的に香港とのFTA締結が必要になったと考えられる。

 実際,ASEANの後ろ向きな姿勢はFTAの交渉結果にも表れている。AHKFTA協定書の参加各国の譲許表から総品目数に対する関税撤廃品目数の割合,いわゆる自由化率を算出すると,ASEAN側で90%を超えているのは自由貿易港シンガポールのみである。ASEANの中でも比較的所得が高いマレーシアやタイでも85%以下,ベトナム,インドネシアで75%前後,後発国のカンボジアやミャンマーに至っては70%にすら届かない。

 AHKFTAにおけるASEAN10カ国の平均自由化率は80.1%である。これは,ASEAN経由で中国製品の流入を恐れ,自由化水準を低くしたインドとのFTA(AIFTA)の同77.0%は上回るものの,他のASEAN+1FTAが89〜94%であるのに対し,約1割程度も自由化率が低い。既に関税が撤廃されている香港に対し,ASEAN各国は敢えて率先して身を削る必要はないと判断したと見られる。

 ASEANにとって9年ぶりのFTAではあるが,ACFTAとは別な協定として締結された結果,経済的インパクトやメリットが見えにくい協定となってしまった。

[注]
  • (1)ASEANでは通常,Back to Back原産地証明書と呼ばれる。ACFTAでは呼び方を変えている。
  • (2)World Tariff Profile 2017.
  • (3)しかし,香港はWTOに対し譲許税率(上限税率)を0%で通報している。そのため,香港が将来的に譲許税率を超えて関税率を引き上げることは考えにくい。

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