世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1104

膨張する医療費と自動調整メカニズム

小黒一正

(法政大学 教授)

2018.07.02

 日本財政は現状でも厳しいが,膨張する医療・介護費に対する改革として,いま注目が集まっているのが,膨張する医療費を抑制するための自動調整メカニズムだ。

 自動調整メカニズムに関する政策提言を最初に行ったのは,筆者であると思われるが,医療費の自動調整メカニズムとして,財務省は自己負担の増減で対応することを提案している。しかし,最初の提案者として,筆者は診療報酬等の自動調整で対応した方が良いと考えており,5月上旬に開催された自民党・財政再建に関する特命委員会の「財政構造のあり方検討小委員会」でもその説明を行った。理由は以下の通りである。

 第1は,要対応額の規模である。財務省の財政制度等審議会財政制度分科会が起草検討委員の提出という形で公表した「我が国の財政に関する長期推計(改訂版)」(平成30年4月6日)によると,医療給付・介護給付費(対GDP)は,2020年度頃に約9%であったものが,2060年度頃には約14%に上昇する。医療・介護費の合計は40年間で約5%上昇する。名目GDPが550兆円とすると,これは約28兆円に相当する。いまの医療・介護費は約50兆円で,その5割以上の規模である。

 第2は,自己負担による調整の限界である。現在の国民医療費は約40兆円で,そのうち自己負担(患者負担)は約5兆円で全体の12%程度となっている。現在の自己負担を2倍の24%にしても,確保できる財源は大雑把にみて約5兆円であり,自己負担限度額を定める高額療養費制度の存在も考慮すると,5兆円よりも少ない2-3兆円となる可能性も高い。要対応額(約28兆円)の1割にも満たない可能性もある。

 第3は,「財政的リスク保護」(financial risk protection)との関係である。高齢世代にも現役世代にも,生活に余裕がある家計と余裕がない家計があり,「負担できる者が負担する」という原則こそがあるべき姿であり,現在の年齢差別的な「窓口負担」を改め,応能負担別の「窓口負担」に変更することは極めて重要であるが,偶発的な重度の疾病に対する治療の自己負担のために家計が破綻したり困窮したりすることは防ぐ必要がある。

 では,膨張する医療費のコントロールをどうすればよいのか。以前から,筆者は,75歳以上の後期高齢者が加入する後期高齢者医療制度において,その診療報酬に自動調整メカニズムを導入することを提案している。医療費管理の自動調整メカニズムは,2004年の年金改革で導入された「マクロ経済スライド」を参考にした仕組みで,いわゆる「医療版マクロ経済スライド」だ。

 具体的には,75歳以上の診療報酬において,ある診療行為を行った場合に前年度Z点と定めている全ての診療報酬項目の点数を,今年度では「Z・(1-調整率)点」と改定する。自己負担は診療報酬に比例するため,診療報酬を抑制しても75歳以上の自己負担(窓口負担)が基本的に増加することはない。では,調整率のイメージはどうか。

 上述の「我が国の財政に関する長期推計(改訂版)」(平成30年4月6日)によると,40年間で医療・介護合計では約5%の上昇のため,1年間の上昇は平均で0.125%であり,その上昇を抑制する調整率は0.125%に過ぎない。なお,中長期的にみて,医療機関等への経営に及ぼす影響にも注意する必要があることはいうまでもないが,その影響分については,公的医療保険の一部を民間医療保険でも代替できるようにして,民間医療保険の方で稼ぐことができる環境整備で対応できるはずだ。

 膨張する医療費の管理を診療報酬等の自動調整でなく,自己負担による対応を打ち出している理由は,日本医師会の反発を恐れてのことだと思われる。年齢差別的な「窓口負担」を改め,応能負担別の「窓口負担」に変更することは早急に行う必要があることはいうまでもないが,公的医療保険が担う最も重要な役割の一つは「財政的リスク保護」であり,改革コストの全てを国民(患者)だけに押し付けることがあってはならない。「膨張する医療費管理の自動調整を何で行うか」といっても様々な方式があり,正攻法での改革を期待したい。

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