世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
日中韓FTAとアジアコンセンサスの形成
(福井県立大学 教授)
2018.05.28
中国李克強首相の訪日と中日韓首脳会談の開催により,中日関係は急速に回復した。李克強首相は日本訪問中,中日連携して,自由貿易を推進していくと強調したが,その中で,とくに注目すべきは「中日韓+X」の提案である。このような日中韓経済連携の気運が高まってきている中で,まずは日中韓FTAの締結を急ぐべきではないかと思う。
日中韓FTAは2003年から2009年までの民間共同研究を踏まえて,2012年の日中韓首脳会議(北京)で交渉開始に一致し,2013年には第1回交渉会合を開催してから2018年3月までに,計13回の交渉会合を行ってきた。日中韓3ヶ国はこのFTAは3ヶ国にとって,大きな経済的メリットを有する認識を共有してはいるが,3ヶ国間の歴史や領土問題などをめぐる関係悪化及びそれぞれの国は3ヶ国以外の国・地域とのFTA交渉を優先したことから日中韓FTAの締結が先延ばされてきた。しかし,現在の国際経済関係の変化についてみれば,日中韓FTAは3ヶ国だけでなく,アジアにとって,以下の重要な意味合いがある。
1.日本の中国向け輸出拡大に寄与
中国はアメリカに次ぐ世界第2位の輸入市場であり,日本の重要な輸出市場でもある。それにもかかわらず,日中関係の悪化に影響されて,日本の中国向けの輸出はピークとなった2011年の1,889億ドルから年々減少し,2016年には1,393億ドルに低下した。一方,韓国の中国向け輸出は中国とのFTA締結や韓国企業の中国での積極的な事業展開などにより急増し,2016年には日本を抜いて,1,511億ドルに達した。日中韓3ヶ国貿易において,その基軸が従来の日中から中韓への「貿易転換効果」が顕著であり,日中経済関係の進展状況は楽観視出来ない。
いまの日本では日中韓FTAの締結よりもTPPの締結や発効を優先しているが,貿易についてみれば,日本のTPP11向けの輸出額850億ドル弱(2014年)に過ぎず,それによる輸出拡大効果が限られている。海外市場の確保及び日本企業のビジネスチャンスなどに目を向けると,中国市場の重要性が明らかであり,日本にとって,今回の日中関係の回復をきっかけに日中韓FTAの締結を通じて,対中輸出を一層拡大すべきである。
2.中国の制度整備を促進
中国は2001年のWTO加盟を契機に,国際基準に合わせて,国内の制度改革を進めてきたが,現状では十分とはいえない。中国はいま,関税の引下げ,金融市場の規制緩和などを通じて,国内の物品及び金融市場の対外開放を推進しているが,知的財産保護,外資系企業への規制,資本市場の開放など,制度及び商慣習の面では国際基準に合わない部分がまだ残されており,制度整備の視点から見て,中国は国際経済秩序の構築においては,経験不足だといわざると得ない。今後の中国にとって,単に世界一流の経済力を備えるだけでなく,国際基準に適合する市場経済制度を構築しなければならない。
国際基準に基づく国内制度の改革を効果的に推進するために,先進国と経済連携協定の締結は不可欠であるが,中国は保護主義に変わりつつあるアメリカとの経済連携協定の締結は難しいとみられている。むしろ,日中韓FTAの締結を通じて,国内の市場経済制度の改革を通じて,アジアに適用できる経済秩序の構築に寄与しなければならない。
3.アジアコンセンサスの形成
トランプ大統領の「アメリカ第一主義」により,ワシントンコンセンサスが終焉することになった。経済的つながりが強まりつつあるアジアでは,如何にアジアコンセンサスを形成させるかは重要な課題となっている。現在の日中韓及びASEANでは自由貿易を推進する認識を共有しているが,どのような枠組みでアジアでの自由貿易を推進していくかはまだ,模索の段階にあり,アジアコンセンサスの形成に重要なRCEPの締結はまだ,難しいとみられている。
こうした中で,中国は強まりつつある経済力を活かして,「一帯一路」政策を推進しているが,これにより,新たな国際経済秩序及びアジアコンセンサスを形成させるにはいまの段階ではありえないと見られている。即ち,中国,日本,韓国のどの国も強みもあり,弱みもあるので,一国でアジアコンセンサスの形成を推進するには限界がある。むしろ,日中韓共同でFTAの締結を通じて,アジアの実情(先進国と新興国の間)を踏まえた経済協力の枠組みと国際経済秩序を構築し,それによりまず,日中韓コンセンサスを形成させる。それを順次にASEAN,インド,さらにEUに拡大していく。こういう意味では李克強首相の「中日韓+X」提案はアジアにとって,重要な意味合いがあるが,これを実現するために日中韓3ヶ国は歴史や領土問題を超えて,良好な政治関係を保つのは不可欠である。
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