世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1080
世界経済評論IMPACT No.1080

トランプ大統領の手は血で汚れているか?:エルサレム大使館移設問題を巡って…

吉川圭一

(Global Issues Institute CEO)

2018.05.21

 現地時間5月14日にエルサレムで行われた米国の新大使館開設行事と,それを巡る暴動で多くの死傷者がパレスチナ側に出た問題に関し,アメリカ国内での報道等を見て見ると,イラン核合意を巡るものとは違った分裂が見られる。

 保守系National Reviewが5月15日に配信した“The Blood Isn’t on Trump’s Hands”という記事の中では,共和党系(選挙)戦略家シュミット氏の“これでは中東情勢は,ますます不安定になり,それは対外戦争を控えるというトランプ氏の公約違反なので,中間選挙に悪い影響が出る”という発言を批判し,今までの混乱の原因はイスラエルの和平提案をパレスチナ側が拒否し続けたためであり,この度の暴動もパレスチナのテロ集団が元凶であるとして,トランプ大統領を擁護している。ところがバノン氏が去ったとは言えトランプ政権の広報誌的な存在である筈のBreitbartが同日に配信した“There Is Blood on Trump’s Hands”(トランプの手は血で汚れた)の中で,このシュミット氏の発言を肯定的に報道しているのである。

 バノン氏は親イスラエル,親ユダヤで知られていたが,彼が去った後のBreitbartは,どういう立場なのだろうか? 因みにNational Reviewは,アメリカの保守から反ユダヤ勢力を駆逐しようとして来たことで知られる。

 またワシントン・ポストが5月15日に配信した“In Jerusalem, it’s the Trump team vs. reality”という記事によれば,新大使館開設式典で祈祷を行った二人の牧師は,いずれも保守系で反ユダヤで知られた人物だそうである。どうやら米国の保守の中にも,イスラエル絶対支持で知られる(広義の)宗教保守の間でも,(やはり広義の)ユダヤ問題に関しては,分裂があるようだ。

 だが,それはリベラル派も同様ではないか? 私はイラン核合意を巡って「ニューヨーク・タイムスが,トランプ翼賛新聞になる日」という記事を以前に書いている。あの時は同紙のイラン核合意離脱支持とも読める記事を紹介したが,5月14日に同紙が配信した“Jerusalem Embassy Is a Victory for Trump, and a Complication for Middle East Peace”という記事の中では,エルサレムへの大使館移転等は,中東情勢を複雑化させ混乱を深めると,トランプ政権の方針を批判している。ワシントン・ポスト前傾記事も,ほぼ同様の論調である。

 「ニューヨーク・タイムスが,トランプ翼賛新聞になる日」でも書いたが米国のリベラルの中にはユダヤ系が多い。しかし彼らの間にも分裂があるのかも知れない。

 だが同時に“エルサレム首都宣言等は,かえって中東情勢を混乱させる”という考え方は,既存のインテリ専門家の考え方である(米国ではインテリの間にも,ユダヤ系が多いが…)。その既存の専門家の考え方が,かえって従来の中東情勢を混乱させて来たとNational Review前掲記事は指摘している。

 トランプ大統領は既存の専門家の考え方を打ち壊すことで新しい何かを作り出す天才である。近いうちにエルサレムがイスラエルの首都であることを前提にした新しい中東和平提案を行うと言われている。

 またトランプ大統領は,既存の枠組みを壊して新しい枠組みを作り出す天才でもある。新大使館開設式典には,民主党のシューマー上院院内総務も出席していた。リベラルと保守及び,それぞれの中でのインテリ系と宗教系,反ユダヤ系と親ユダヤ系の枠を壊して,新しい協力の枠組みを作ろうとしているように,新大使館開設式典の様子を見ていると思えてならない。

 何れにしても米国議会は1995年に超党派の圧倒的多数で,エルサレムをイスラエルの首都と認定すると宣言している。それを今までの大統領が専門家の意見に惑わされて実行して来なかった。

 だが,そうこうする内に,冷戦終結によって,ロシアからロシア系ユダヤ人が大量にヨルダン川西岸地区に移住し,その土地の経済的実権も握ってしまった。もはやパレスチナ独立国家は永遠に出来る状況ではない。

 それを早めに諦めてイスラエルの中の一自治体になるような方向で考えた方が,パレスチナの人々にとっても安定した状態になると思う。上述の経緯から,ロシアも今となっては本気では反対しないだろう。

 親米アラブ諸国もイランの脅威から今回の大使館移転に関して特に反発していない。いやアラブ諸国は第一次中東戦争の頃から本気でパレスチナのことを考えて来ただろうか? 自らの国益のために利用して来ただけだったのではないか? それを考えてもパレスチナがイスラエルの中の一自治体になるような考え方は決して支持を得られないものとは思えない。

 そのような方向で一刻も早く中東和平が実現することこそが世界の安定にも繋がると思う。おそらくトランプ大統領も同じような考え方をしているのではないか? トランプ大統領の今後のリーダーシップに期待したいと思う。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1080.html)

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