世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1060
世界経済評論IMPACT No.1060

シリア大戦は勃発するか?

吉川圭一

(Global Issues Institute CEO)

2018.04.23

 米英仏三国の協力により4月14日シリアに100発以上の巡航ミサイルが打ち込まれた。ロシアは軍人を含む自国民に被害が出れば,重大な報復を行うと,警告していた。

 そこで米国は例によって巡航ミサイルを使ったピンポイント攻撃で,毒ガス関連施設等だけを破壊する作戦に出た。それだけではなくロシアには事前通告をしてさえいる。

 それくらいロシアに気を遣ったのである。

 ロシアは水中ないし空中発射巡航ミサイルを発射できる艦船や航空機も展開していた。これで地中海周辺の米軍等を叩くことは可能である。

 このような応酬を続けていると核兵器の使用にまで発展するかも知れない。そして冷戦終結から25年,今の米国には核抑止戦略等の知識を持つ専門家が殆どいない。

 もちろんロシアも米国との核戦争までは望まないかも知れない。しかし米国の巡航ミサイル等を使ったピンポイント攻撃は,シリアの毒ガス使用を完全に止めるには不十分であることは,この1年の経緯が証明している。

 ではアサド政権を打倒するために,米国は大規模地上軍を派遣するべきなのだろうか? そんなことはあり得ないが,もしロシアが黙認したとしても,莫大な戦費と長い時間が掛かる。

 そもそもトランプ氏は,そういった今までの米国の外交・安全保障政策を批判して大統領になった。そのため毒ガス問題が出るまでは,ISを壊滅した以上,シリアからは撤退すると主張していた。

 また最近トランプ政権の閣僚になったポンペオ,ボルトンといった超タカ派と思われている人々も,イラン核合意破棄を何より重視している。ここでシリアや北朝鮮に必要以上のエネルギーを使いたくはないのではないか?

 以上のような見地から米国によるシリア攻撃は,あれくらいの規模になったと思われる。では今後は,どうなるのだろうか?

 米国のメディア報道等を追って見よう。

 面白いことに保守系National Interest誌が攻撃直前に配信した記事で,シリア攻撃は対外不介入というトランプ氏の公約違反であり,そのためバノン氏や他の有力な保守系評論家等が強く批判している。それはトランプ氏にとって非常なプレッシャーになって行く可能性があると主張している。そして攻撃の翌日の記事で,トランプ政権のシリア攻撃はアサド政権や金正恩,イラン等に「毒ガス等さえ使わなければ,米国から攻撃されない」という間違ったメッセージを送ったと批判。更には積極的な対外介入が今の米国の国益かどうかにも疑問を呈している。

 それに対してリベラル派のニューヨーク・タイムスが,本来は全体主義的なアサド政権を打倒するべきであり,それがトランプ氏の対外不介入公約のために中途半端になっていると批判する記事を攻撃の直後に出している。ネオコン超タカ派と言われるボルトン氏に期待していると読める部分まである。やはりネオコンと人権左翼は同根なのである。

 そのボルトン氏は今NSCが自分の命令通りに動ける組織になるよう強硬な人事異動を行っている。だが彼は実は常識家で上司の方針には忠実である。彼の強硬路線の為にシリア情勢が拡大するとは思えない。また彼の真の標的はイランと思う。シリアは“付け足し”に過ぎないーという発言も攻撃の数日前にしている。

 実際,シリアへの攻撃はアサド政権の軍事力を壊滅するため実際に行われたものの3倍のものが行われる計画もあり,ある程度ボルトン氏等は乗り気だったようだが,ロシアとの全面対決を恐れるマティス国防長官の意見が通り,あの規模になったと,ウオールストリート・ジャーナル(WSJ)は攻撃翌日に報じている。

 またヘイリー米国連大使は15日,ロシアに対する新しい経済制裁があると述べた。だが16日に複数の経済関係閣僚が,これを打ち消した。ロシアへの新しい経済制裁の話は実際に進んでいたようだが,ロシアとの協調路線を模索するトランプ大統領が止めたものと思われる。

 このように米国では政権内にも世論にも多くの分裂がある。

 最終的にはトランプ氏の判断だが,あくまで彼はシリアから撤退したいようだ。WSJが16日に報じたところでは,トランプ氏は米軍はシリアから撤退し,その後は周辺諸国の多国籍軍に任せ予算拠出も依頼したい意向で,既にボルトン氏が部分的調整に入っているという。だが各国共に国内問題等を抱えていて簡単ではない。

 この記事の中でトランプ氏とは個人的に非常に親しくデヴォス教育長官の兄弟である民間軍事会社社長プリンス氏の名前が何度か出て来る。そもそもアフガンへの増派も,トランプ氏は民間軍事会社に任せたかったのだが,当時のマクマスター補佐官等の反対で実現できなかった。

 そのマクマスターも今はいない。代わって物議を醸すことも多いが,上司には忠実なボルトン氏がいる。何れシリアには,民間軍事会社が派遣されることになるのかもしれない。何れにしろ彼らの真の標的はイランと思われる。

 もし今後に非常に大規模なシリア攻撃があるとしたら,それはアサド政権等が主目的ではなく,本格的な対イラン戦争に向かうためである可能性の方が高いと思う。今後の中東情勢には以上のような多角的な理解が必要である。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1060.html)

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吉川圭一

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