世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1054
世界経済評論IMPACT No.1054

経済不均衡を拡大させるトランプノミクス

中島精也

(丹羽連絡事務所 チーフエコノミスト)

2018.04.16

 「貿易戦争は良いことだ。楽勝だ」と豪語する傍若無人なトランプ大統領の言動に世界が振り回されている。3月23日に米国は通商拡大法232条に基づき安全保障の観点から鉄鋼輸入に25%,アルミニウム輸入に10%の追加関税を発動した。カナダ,メキシコ,オーストラリア,EU,韓国,ブラジル,アルゼンチンは対象外となったが,対象国から外してほしいとの日本の要求は無視されてしまった。トランプ政権のビジネスライクの性格が垣間見える。

 そして最大の対米貿易黒字を抱える中国に対しては,更に4月3日,通商法301条に基づき知的財産権侵害の理由で中国の対米輸出約1,300品目,金額にして500億ドルに25%の関税をかける原案を公表した。これらの措置に対し中国は態度を硬化させ,先ず4月2日に米国からの豚肉など8品目に25%,ワインなど120品目に15%の報復関税を課し,更に4日には大豆,牛肉,自動車,航空機などの106品目に25%の報復関税を掛けると発表した。これに対しトランプ大統領が更に1,000億ドルの中国製品に25%の制裁関税を課すと応酬するなど,正にチキンレースの様相を呈している。

 そもそも中国の対米輸出の7割は米関連企業が現地生産したものと言われており,中国製品への高関税賦課は中国からの輸入に依存している米産業や米消費者に大きなコスト負担を生じさせる。更に,実際に中国が米国大豆の輸入制限を発動すれば,商品市況の暴落を誘発して米農家を直撃し,また航空機輸入をボーイングからエアバスに乗り換えれば,米製造業への打撃も計り知れない。

 更に中国の米国債保有額が1兆1,700億ドルと世界第1位であることを忘れてはいけない。もし,中国が米国債の売却に動けば,米長期金利が急上昇,米株も米ドルも暴落して米経済は景気後退に陥るのは必至だ。その時はさしものトランプ大統領も震え上がることになるだろう。

 トランプ大統領はどうも貿易摩擦の歴史を勉強していないように見える。1960〜1990年代の日米貿易摩擦を振り返ると,繊維に始まり,鉄鋼,カラーテレビ,自動車と貿易摩擦の対象品目が変わっていったが,日米貿易交渉の結果,日本の輸出は自主規制や日米市場秩序維持協定(OMA)により制限されることになった。更に米国サイドは一方的な輸入制限やトリガー価格制度などの保護主義にも手を染めた。しかし,保護主義的措置が取られても,自ら競争力強化に努力しなければ産業の再生はなく,結局,これら米産業が競争力を回復することなく衰退して行ったのは歴史的事実である。保護主義では産業を守りきれないのが歴史の教訓である。

 トランプ大統領は歴史に学ばないばかりか,経済メカニズムについても疎いようである。経済学の教科書によれば,下記の恒等式のように一国の経常収支は貯蓄投資バランスで決まる。

  • 総供給(国内生産+輸入)=総需要(消費+投資+輸出)…①
  • 貯蓄(国内生産-消費)=投資+輸出-輸入      …②
  • 貯蓄-投資=経常収支(輸出-輸入)         …③

 仮に保護主義で輸入を減らそうとする場合,①式の国内生産が輸入減をカバーするだけ増えれば,総供給と総需要はバランスするので,景気が加速してもインフレにならず,経常収支は改善という理想のシナリオとなる。しかし,国内の供給力が好景気で限界なら,総供給が減るので,総供給<総需要となり,これがバランスするにはインフレが加速して総需要が減るか,保護主義を免れたその他輸入の増大で供給不足をカバーするかしかない。よって,経常収支の改善は余り期待できない。

 潜在成長率を上回って好景気を続けている米国経済は恐らく後者のケースであると推測されるので,保護主義政策を採れば,トランプ政権の思惑と異なり,経常収支は改善せず,インフレ率の上昇は避けられない。更に相手国から米国産品の輸入制限という報復措置が取られれば,事態は一層悪化する。しかも,トランプ政権は保護主義に加えて大型減税とインフラ投資も実施するわけだから,供給減と需要増のダブルで需給バランス,貯蓄投資バランスを一段と悪化させる。この結果,景気の過熱,インフレの加速,経常赤字と財政赤字の「双子の赤字」の再現となり,マーケットはドル安,債券安,株安のトリプル安に見舞われることになるだろう。このようにトランプノミクスは経済の不均衡を拡大させる危険な政策であるが,肝心のトランプ大統領自身がこの点を理解していない。これが当面の世界経済にとって最大のリスクと言える。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1054.html)

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