世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1042

もう1つの道はあるか:キューバ訪問記

今井雅和

(専修大学 教授)

2018.04.02

 先月,初めてキューバを訪問した。短期間の滞在であったが,企業関係者,開発援助に携わる方々にお会いし,ハバナの旧市街を歩き回ることができた。滞在中,感じたことを記してみたい。日本から遠く離れたキューバは今では希少価値となったクラシックな社会主義を信奉する国である。そして,米国との国交回復後,キューバへの注目度が一気に上がり,ちょっとしたブームにもなっている。

1.不思議な国

 キューバに関する以下の組み合わせを,読者はどのように思われるだろうか。1つは,1人当たりGDPが約80万円,その一方で国民の7〜8割を占める人々の給与は年間約4万円に過ぎないことである。2つは,その性格上,他国とのオープンな交流が困難なはずの社会主義国に年間400万人の観光客(日本人は約2万人強)が押し寄せていることである。3つは,石油を確保(輸入)するために,多くの医師を派遣(医療サービスの輸出)していることである。いずれも類を見ない不思議な組み合わせである。ユニークな国としてのキューバの側面が垣間見られる。

 最近,芸能人の旅行番組がテレビで放映されるなど,日本でもキューバはちょっとしたブームになっている。60年前のクラシックアメ車が貴重な観光資源になっていることをご存知の方も多い。また,キューバといえば,ルンバであり,モヒートやダイキリなどのラムカクテル,それに葉巻である。定番の海外旅行に飽きた人々には魅力的な国に映るのかも知れない。バラデーロなどの美しいビーチは世界有数のリゾート地で,世界でも上位にランクされる。

 ここで,キューバの概略を確認しておこう。カリブ海に浮かぶキューバはフロリダまでわずか150㎞,本島の面積は本州の約半分,東西1200㎞,南北は最大350㎞である。結構な広さである。他方,人口は1100万人の小さな国である。1959年のキューバ革命時の亡命者を中心に,キューバ系米国人は200万人を数えるという。映画「ゴッドファーザーII」の革命運動家の自爆シーンや新年の大統領主催のパーティに革命軍がなだれ込み,政治家らが亡命するシーンを思い出す読者もいるのではないだろうか。

2.クラシック社会主義

 キューバの社会主義は中国などと異なり,生産手段の社会的所有だけでなく,需要に対する供給は市場ではなく,国が計画に基づいて実行するというクラシックな社会主義である。

 かつてハンガリーの経済学者J.コルナイが社会主義の根源的な特徴として挙げた,多くのモノが不足する現象(『不足の政治経済学』)が見られるのもそのためである。数十人規模のパーティをホテルで行おうにも,食材が十分に調達できず,主催者自ら市中のレストランから少しずつ分けてもらわなければならないのだという。駐在員は休日に市場(いちば)を回り,食料品などを買い出ししなければならない。実際,市内の小売店の棚には空きスペースが目立ち,生鮮食料品は入荷していなかった。20世紀半ばの社会主義国にタイムスリップしたような話である。

 先に触れた経済規模と国民所得の乖離の原因の1つは二重通貨制である。兌換ペソと人民ペソの公的部門の交換比率は1対1であるが,市中では1対25となっている。キューバ国民と外国企業や観光客の使用通貨が異なるのである。経済改革の一環として,政府は通貨統一を表明しているが,実施は先送りとなっている。実力に見合った為替レートの設定と外貨収入の確保は二律背反の関係にあり,軟着陸を図るのは容易ではない。

 食料や必需品の配給はあるものの,給与所得は乏しく,配給だけでは最低限の生活もおぼつかない。しかし,それを補っているのが200万人を超える海外在住家族からの送金である。2015年の実績で3500億円前後となっている。現地在住者によれば,最近は生活苦による亡命の話を聞かなくなったという。50万人といわれる観光客相手の自営業が拡大し,収入増につながっているのかも知れない。

 経済面で多くの課題を抱えるものの,キューバは社会政策において高い成果を上げてきた。社会経済的弱者の保護を徹底し,「保護されないものは一人もいない」という原則を掲げてきた。貧富の格差が少ない平等社会を実現し,社会保障の充実,教育水準,医療サービスは発展途上国としては異例の高さである。乳幼児死亡率は先進国並みであるし,人口当たりの医師数・病床数は先進国を超えるレベルである。治安の良さも群を抜いている。路上で見知らぬ人を車に同乗させるのも当たり前で,駐在員も時には車を止め,同乗させることがあるという。これらのソフトインフラがビジネス活動にとってどれほど重要であるか,多言を要しないであろう。

 もっとも,現実のビジネスにおいても,開発援助においても,クラシック社会主義の多くの側面が障害になっていることは否めない。紙幅の制約からほんの一例を挙げる。ビジネスコストが割高で決済問題を抱える国で,限られた需要に対応するだけでは,事務所の維持も容易ではないであろう。また,開発援助についても,社会主義特有の強固な官僚主義に向き合い,効率的に支援活動を遂行するのは容易ではない。おもしろい国とキューバを評しつつ,そうした困難が多いなか,真摯に業務を遂行される駐在員の方々に敬意を表したい。

3.もう1つの道はあるのか

 キューバは今,曲がり角にある。革命第一世代が引退し,新しい時代を迎えつつあるなか,米国をはじめとする海外との関係をいかに再構築するか,そして経済社会モデルの近代化をいかに進めるかなどは国の根幹に関わる重要なテーマである。「急がず,しかし止まらず」というが,いかなる方向性を目指し,どのように進めるのか,ニューリーダーの手腕が問われる。

 これまで,クラシック社会主義が存続したためしはない。政治的にも,経済的には,社会的にも最終的には結果に結びついていない。もっとも,初期の外延的発展段階では,経営資源を優先的に配分することで高度経済成長につなげたり,教育,医療,芸術文化などの社会政策を優先させることで人間開発を加速できたりする場合もあった。しかし,経済および社会が一定程度の発展段階に至ると,国家よりは個人の自主性,個々人の能力開発がより重要となるため,中央の統制による国家運営は機能しなくなる。これが,少し大げさにいえば,これまでの人類の経験といえるものであろう。

 かつて,資本主義と社会主義を融合させる混合経済によって,両者の長所を獲得できるとの主張もあった。しかし,両体制の構成要素の多くはトレードオフの関係にあり,足して二で割ることもできない。長所だけ取り出すというが,短所だけが目立つ結果になることも多かった。

 ロシアのプーチン大統領の発言とされる「社会主義時代を懐かしく思わない人には心がない,社会主義に戻りたいという人には頭がない」というのは至言である。みんなが貧しかったころ,家族も近しい友人や近隣の人々もお互いに助け合うことで厳しい時代を生き抜き,安心社会を築くことができた。他方,社会主義には持続性に難があり,市場経済の導入が不可避なことも現実であり,貧しい時代に逆戻りすればよいというほど単純ではない。

 では,キューバにとっての解は何なのか,残念ながら筆者には分からない。「歴史は繰り返す」とすれば,市場経済化しかないとなるが,そのことによって失うことが多いことも確かである。平等社会も,安全社会も,国民に広くいきわたる教育,医療もそれまで通りとはならなかった。他方,「賢者は歴史に学ぶ」というのが正しければ,歴史に学び,より良い社会を実現できるということになる。キューバの新時代のリーダーには,人類の歴史と経験に学び,「後発性の利益」を享受することで,新たな経済社会モデルを提案してほしい。そして,できるだけストレスない形で軟着陸できるよう,英知を結集してほしい。これまでにない新たな解を探求するキューバの挑戦に注目していきたい。

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