世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1041

経済成長と社会の発展との調和が焦点となる世界経済:「包摂的成長」に注目が集まる背景

森原康仁

(三重大学 准教授)

2018.04.02

 「包摂的成長」という言葉が注目を集めている。昨年9月のG20サミットや,今年5月のG7サミットでも世界経済の包摂的成長が議題になっている。「包摂的」とは英語のinclusiveの日本語訳である。もともとは社会学などで使われてきた「社会的包摂」という概念がベースだ。

 国際協力機構の広田幸紀氏によれば,包摂的成長の論点は構造的不平等と所得格差の問題に集約される。具体的には,構造的不平等や所得格差は教育,保険,雇用,エンパワメントに格差をもたらし成長率を低下させる。また,所得格差は法・権力の格差につながり貧困に帰結する。さらに,成長メカニズムにも否定的影響を与えるとされている。

 構造的不平等すなわち属性にもとづく差別は,特定の属性をもつ人びとの社会参加を制約する。成長に否定的影響を与えることは見やすい道理だ。日本では女性や民族的マイノリティの社会参画が大きく立ち遅れている。これが労働市場に歪みをもたらし,労働供給に制約を与えている。少子高齢化や人手不足が深刻化するなかで,この弊害ははっきりと現れるようになっている。

 所得格差が経済成長に与える影響はどうか。オバマ政権期の『2016年度 大統領経済報告』は,所得再分配は経済成長とトレードオフではなく,むしろ「再分配なくして成長なし」という認識を示し,包摂的成長の重要性を強調した。その要点は,所得格差が小さく再分配の水準が一定であれば経済成長率は高くなり,再分配が強化されたからといって成長に否定的影響をおよぼすことはない,という2点だった。

 1990年代半ばから2000年代初頭の米国は,「ニューエコノミー」と呼ばれる空前の景気拡大を経験した。しかし,その実態は中間層や低所得者にとって厳しいものだった。1995年から2013年にかけて労働生産性は2.3%伸びたのに,下位90%所得層の平均家計所得成長率はマイナス0.2%。一方,1948年から1973年をみてみると,労働生産性,家計所得ともに2.8%成長した。

 ようするに,「ニューエコノミー」期の米国では経済成長の恩恵は一部の大企業・富裕層のみにもたらされたのにたいして,戦後から70年代にかけては成長が社会全体に恩恵をもたらしていたといえるのだ。

 にもかかわらず空前の景気拡大が続いたのはなぜか。その背景には住宅バブルによる個人消費のかさあげがある。すなわち,家計が住宅を担保に借金し,賃金が伸び悩むのに消費を増やしたわけである。しかし,リーマンショックはその条件を破壊した。リーマンショック後の資本主義は,所得格差の拡大による需要の低迷という現実に正面から向き合わざるをえなくなったわけである。

 英国の政治学者C.クラウチは公的債務の家計債務への付け替えによる消費拡大を「民営化されたケインズ主義」と呼び,その破たんが資本主義の苦境を招いていると指摘している。最大の経済大国である米国ですら所得格差がもたらす負の影響に向き合わざるをえなくなっているのだ。包摂的成長という言葉が注目されるようになった背景には,格差・貧困の拡大と資本主義の持続可能性への懸念の高まりがある。

国際経済

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