世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
世界初の複合災害を活かすインバウンド振興を:被災地ゆえに発信できる防災減災を学ぶツアー
(東北文化学園大学 名誉教授)
2018.03.12
東日本大震災から間もなく7年が経過する。東北の被災地では依然として復興道半ばの現状から人々の関心は高いが,首都圏をはじめ日本の各地では風化が進み,平昌冬季五輪や2年後の東京五輪の話題もあって関心が薄くなっている。この大きな落差は,仙台市内で大震災を体験してその後の復旧復興の様子をつぶさに現地で観察し,10数年ぶりに横浜に転居してから最初に感じた。首都圏直下型地震や南海トラフ地震が近いと懸念されているにもかかわらず,多くの国民の他人事のような危機意識が心配になっている。
命に別状はなかったが,あの日の地鳴りを伴った大きな揺れで立っていることができずへたり込んでしまった地震の恐怖や半壊した自宅マンションにたどり着くまでの交通機能の混乱,直後の津波被害や東電福島第1原発事故の惨状は人類初の恐ろしい複合災害であった。頻度は少なくなったが,夢にうなされるとじっとりと汗をかく。家族や友人,知人を失った人にとっては大変な思いにさいなまれると思う。一方で,災害直後見ず知らずの被災者がまさかの時に見せた共助協働の姿に人間のすばらしさを学ぶことが多かった。
東日本大震災の復旧復興なくして日本の再生はありえないとして,政府は復興庁を設け32兆円に及ぶ多くの施策を講じている。インフラのように多額の費用を伴うものが多いものの,被災地の特徴を踏まえない一律の地域創生や成長戦略が気になっている。施策を講じるには地域の特徴に応じた資源の活用が前提になろうが,資源賦存状況から見ると東北地方は見劣りがし,まだ未開発の現況を否定できない。そんな中で,地元紙に寄せられた投書には被災地ゆえの資源があるはずであり,東日本大震災こそが他には見られないオンリーワンの比較優位資源になり得るとの指摘に共鳴した。大地震と続く津波被害の大きさに加えて原発事故を伴った災害は人類史上例がなく,この経験を活かし防災の知見や技術開発の重要性を訴えたものだ。防災・減災を日本の新産業の柱にとの提言もある。
この投書が掲載された時期は,外国人の日本訪問が年間2000万人を超え近く倍増を目論むインバウンド振興が政府の成長戦略として重視されたころである。被災地の東北地方への外国人訪問客は日本全体の数%にとどまっている現況で,政府はこれを増やし復興と将来の東北再生につなげようとし,東北における振興策を募り大型客船の寄港助成や民泊促進といった全国的な振興策を加えた。観光業は関連産業が多様で生産誘発効果が大きい上に,東北地方には豊かな自然や文化・歴史資産等潜在的な資源では引けを取らず,今後に発展する可能性が高いと見られる。しかしながら,大震災の復興に資する大きな効果はにわかに期待できず,「復興五輪」を掲げた東京五輪・パラリンピックの集客効果もどの程度東北地方に及ぶか懐疑的である。
前記の投書は一般論のインバウンド振興策ではなくて,被災地ゆえに発信できる振興策を訴えた。悲惨な事件や災害を糧に観光客誘致を図るのが「ダーク・ツーリズム」といわれる観光振興であり,ユダヤ人殺害のアウシュビッツやニューヨーク高層ビルのテロ襲撃跡は再発防止に向けた学びの旅で世界各地から多くの観光客を集めている。イタリアのヴェスビオス火山被害遺跡は,現地に行ってこそ自然災害の様子が良く分かる。東日本大震災は千年に一度といわれる大きな災害と原発事故が複合したダーク・ツーリズムの発信拠点となり,防災・減災を学ぶまたとない学習場所になると考えられる。
防災・減災ツーリズムの観点では,震災後防災先進都市の仙台市で開催された2015年の国連防災世界会議,16年の仙台防災未来フォーラム,17年の世界防災フォーラム等の国際会議には内外の専門家や企業関係者が参加し大きな可能性を示唆した。爆買ツアーとは異なって訪日外国人は限られているが,ここでの防災に向けた議論や沿岸部震災遺構の視察は世界の防災拠点の名声を高めている。政府の思惑に反して住民の帰還が遅れている福島県の原発事故周辺部でも,現地を視察するツアーの関心は高い。そして,現に内外から防災や減災を学ぶツアーや研修旅行が着実に増えており,対外的に日本発の防災や減災に係る国際的な貢献にも資している。
しかし,インバウンド振興策で優先度は低い現状なので,防災・減災ツーリズムの意義を再認識して誘客にもっと知恵を出すべきではないかと思う。この2月に仙台市内から横浜市内に越して来たが,今後も折に触れて東北の被災地に足を運び,防災・減災ツーリズムの進展に注目し,復興の様子を確かめたいと考えている。(3月8日記)
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