世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1019

今日のドイツの成功をもたらした改革(その2):改革を率いたリーダー達とその後のドイツ

新井聖子

(東京大学政策ビジョン研究センター 客員研究員)

2018.02.26

 2000年代前半に私がドイツ企業について研究していた時,経営的に非常に厳しい時期であったが,面白いことに,私が出会った大企業内で改革を断行していたエギュゼキュティブらに悲壮感はなかった。ドイツは80年代にはフィットしていた政府の産業政策や福祉などの制度,企業の戦略,組織,雇用形態らが次第に合わなくなり,大きな創造的破壊を必要としていた。

 当時改革を進めるリーダーたちはこのような時代の変化を前向きに受け入れ,むしろその逆境に打ち勝つための改革を楽しみ,大きな挑戦であればあるほど,それをより大きな前向きのエネルギーに変えられる人たちだった。そして生真面目な日本人のリーダーにはなかなかない欧州的なユーモアがあった。そのようなタイプの人たちであるからこそ,ドイツの中でも大企業のエギュゼキュティブになれたのであろうが,特筆すべきは,彼らは第2次世界大戦中もしくは終戦数年後の生まれの世代で,まさに戦後の廃墟の中から立ち上がった世代だった。日本で言えば,全共闘世代くらいにあたる。

 ドイツのシュレーダー前首相(1944年生まれ)もその世代の一人であるが,そうした人たちが政府でも企業でも,当時の改革を引っ張っていた。もちろんすべての場合ではないが,私が知るこの世代のリーダーの価値観や倫理観には通じるものがあったように思う。ナチスの経験からの深い反省,不屈の精神,勤勉さ,他人への思いやり,贅沢より清貧をよしとするなどである。また,弱者に手を差し伸べる一方で,甘やかしはよくない,各人が能力を生かすよう努力させるべきだという信念があった。特に私が研究していて強く共感したのは,政府や企業のリーダー達が,80年代の過去の栄光にすがるのではなく,目の前の現実を受け入れていたこと,そして将来の世代の成功のためには,今の世代が犠牲をいとわないようにすべきだと強く主張していたことだった。

 当然だが,痛みのない改革はない。沈みゆく国や,従業員が数万から数十万人の大企業を救う極めて重要な改革には,将来の世代のため,今の世代が大きな犠牲を伴う覚悟が必要だ。自分が得をしようとするのではなく,10年,20年後に良くなるために,リーダー自身も含めて,皆が何らかの犠牲を払わねばならない。そして未来のために,リーダーは犠牲を伴う改革を断行する知恵と勇気を持たねばならない。

 ただしドイツの一般の市民レベルで見れば,そうした自己犠牲の改革は嫌で,あるいは理解できず,将来にツケを回してでも自分達がよい思いをしたいと考える人は大勢いた。だからこそ,シュレーダー首相は当時大変不人気で,首相として再選できなかったくらいである。ドイツの全共闘世代のリーダーたちはたとえ世間の向かい風にあおうと,現役時代の最後の仕事を果敢に行い,そして潔く去って行った。

 当時のドイツの改革への批判と裏腹に,近年の成功が2000年代前半頃の改革によるところが大きいということは,今では衆目の一致するところとなってきている。つまりある意味,現在ドイツの政治や経済を担って成功している人は,過去の改革の利益を享受しているにすぎないが,一部の人たちは今の成功に傲慢になってきているという面もある。極右の台頭は1つの例である。昨年9月の連邦議会選挙では,「ドイツのための選択肢(AfD)」が12.6%の得票率を得,極右政党として戦後初めて「5%条項」をクリアし,議会の第3勢力になった。これは2000年代前半では考えられないことだ。(「5%条項」とは,ナチスの台頭を招いた小政党の乱立を避けるため戦後設けられた制度で,連邦議会で議席を得るには,比例代表制で5%以上,または小選挙区制で3議席以上の獲得を必要とするもの。)

 また,グローバル競争の激化もあり,企業倫理も以前よりも無視されがちだ。2015年に発覚したフォルクス・ワーゲン(VW)の排ガス不正事件は象徴的ともいえる。このスキャンダルには実は多くの企業が関与していたことが判明してきているが,あまりに広範の企業にわたるので,うやむやに済まされようとしていると言われている。先月末に,2017年の自動車大手の世界販売実績が出そろったが,結果は中国ら新興国市場の成長を取り込んだVWが2016年に続いて2年連続で世界1位となり,結果的に倫理より「やった者勝ち」となっている。

 政治家も例外ではなく,2010年以降立て続けに倫理的問題が表面化し,たとえば連邦国防相で将来の有力な首相候補の1人だとされていたカール・テオドール・グーテンベルクの博士論文が他の論文の引用の寄せ集めが多いことが判明し,2011年2月に博士号を剝奪され政界を引退し,続いて連邦議会の議員,シルバーナ・コッホ‐メーリン女史の博士号も不正が発覚して剝奪され,さらには現職の連邦教育相のアネッテ・シャヴァン女史まで博士論文(教育)に多くの不正があったと大学の調査で判定され,13年2月辞任に追い込まれた。

 何時の世もそうだが,成功がずっと続くことはなく,ドイツもおそらくまた遠くないうちに別の改革が必要になるだろう。しかし,その時に,私が出会ったドイツの全共闘世代はもういない。ドイツの次の危機に,どのような人たちが改革を担うのか,またその改革が成功するのかは,未来へのクエスチョン・マークである。

 将来のことはまだ不明だが,少なくとも,私はこれまで1988年の東西に分断されていた時代のドイツ,そして東西統合後果敢に改革の推し進めていた時代のドイツ,その努力の成果として経済的に復活した時代のドイツに立ち会え,このようなドイツの戦後の大きな転換期に居合わせたことを心から幸運に思う。それは単なる一研究者としてというより,まるでひ弱だった自分の子供が立派に成長したのを見守る母親の気持ちですらある。

 そして,私はドイツで戦後の廃墟から立ち上がり,2000年代前半のドイツの改革を引っ張ったリーダーたちの現役時代の最後に会い,ドイツの経営について一から教わり,率直に色々議論させてもらえたことに心から感謝している。彼らの価値観や倫理観は,実は今は亡き戦前生まれの父から,私が子供の頃知らず知らずのうちに教わり,私のベースとなっているものに近かった。それを意識したのは,私が研究を始めてしばらくしてからだったが。(続く)

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