世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1017

「イノベーション・エコノミー」を実現するエンジンをめぐって

平田 潤

(桜美林大学大学院 教授)

2018.02.26

 現在先進各国では,少子化による生産年齢人口減が始まり労働投入のボトルネックに直面している日本をはじめとして,持続的な経済成長を達成するためのキーワードとして,「生産性の向上」と「イノベーション促進」が共通して重視されている。そして,日本が未来社会の姿として提唱した「Society 5.0(超スマート社会)」とは,グローバルに激化するイノベーション競争のなかで,日本の未来社会に向けた戦略的な方向性を示すものといえよう。

 平成28年に閣議決定された「科学技術基本計画」等によれば,超スマート社会では,サイバー空間とフィジカル空間とを高度に融合させることにより,①生活の質の向上をもたらす人とロボットとの共生,②ユーザーの多様なニーズにきめ細かに応えるカスタマイズされたサービスの提供,③潜在的ニーズを先取りして,人の活動を支援するサービスの提供などが期待されている。こうした社会を実現するために,平成29年版「科学技術白書(以下白書)」では,「産学官共創によるオープンイノベーション」の必要性を強調している。

 「白書」ではこれまでの日本のイノベーションについて,その自前(クローズド)主義の限界を指摘し,その脱却への参照モデルとして,イノベーション大国である米国のオープン・イノベーション=「自社だけでなく,大学やベンチャー企業をも巻き込んだプロセス……大学やベンチャーから技術を導入するプロセス,共同研究や共同開発,ベンチャーの買収等,様々な手法を取り入れたオープンな手法」(平成29年版「科学技術白書」,p.25)をあらためて重視している。

 一方イノベーションについて,E・フェルペス(コロンビア大学)教授(2006年ノーベル経済学賞受賞者)は,マクロ経済学/長期時間軸的視点から,「草の根(グラスルーツ)イノベーション」の役割こそ,欧米諸国がこれまでに達成した経済成長の源泉であり,その本質は「個人主義に裏付けられた価値観と湧き出る大衆のイノベーション・プロセスへの参画」であるとする。さらにそうした「草の根」の基盤が米国で喪失したことが,シリコンバレー型の「超イノベーション」への過度の依存を招いた背景とみなしている。また米国NBERのワーキングペーパー,”How Destructive is Innovation?”(Daniel Garcia- Macia, Chang-Tai Hsieh, Peter J.Klenow )では,1976〜86年,2003〜13年の米国ビジネスデータベースの分析を背景に,①ほとんどの成長は(新規参入者よりも)企業の現在のメンバー(incumbents)に由来している,②ほとんどの成長は新しい品種の創造ではなく,既存の品種の改良を通じて起こり,③企業の現在のメンバーによる自社製品の改善は,創造的破壊より重要である,と結論付けている。

 これに対し,経済のグローバル化によるメガ・コンペティションが進展した中で,大規模かつ強力な生産ネットワークの要の地位を確立し,AIIB(インフラ投資銀行)の設立や「一帯一路政策」によって中国型グローバリズムの追求を加速し出した中国では,さらに第13次五か年計画(2016〜20年)で経済成長の主要原動力として科学研究・技術を重視し,国・政府主導により様々な分野(量子コンピューター開発から,バイオ・ゲノム分野研究への莫大な政府支援,再生エネルギーやCO2削減への投資など)におけるイノベーションに邁進している。こうした戦略は,L・ビリングス(SCIENTIFIC AMERICAN 編集部)によれば「技術開発を経済成長と国力増強のエンジンとするなら,基礎研究と応用科学への支援はそのエンジンを動かす燃料」(日経サイエンス2018年2月号,p.93)に他ならないからである。

 また21世紀に向けての中国の国家戦略としても大きな意義をもっている。

 さて,このようにイノベーション・エコノミーがトップダウン,あるいはボトムアップ,そして様々なコラボレーションによって進展するなかで,その推進の主役であるエンジンのパワーや優劣,戦略の妥当性等が問われるのと同時に,その費用対効果の客観的な検証や,チェック,フィードバックは必要不可欠であろう。

 さらにはイノベーション・エコノミーに伴う直接・間接の副作用や負の遺産といった事象の客観的分析も今後避けて通れるものではない。経済のグローバル化やイノベーションの加速がもたらしつつある「破壊(destruction)効果」は,人間社会に強いストレスと負荷(メンタル・フィジカル・ソシオロジカル)を与えており,その直接/関節のダメージ,そして裏腹なコストの実態に対する科学的解明は,等閑に付され,あるいは遅れている。

 そして残念ながら,こうした副産物やリスクが様々な形で「バースト(burst)」する事態(確率はブラックスワン的であるかもしれないが)に対する,危機予防や危機管理についてのイノベーションは,それほど進んでいないことが危惧される。

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科学技術

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